【人事労務のリスク管理メモ】12月号アップしました

【今回のストーリー】

●不可解な退職通知メール

大手の量販店スーパーに勤務するEは勤続十五年目のベテランで、主にイベント企画に携わる本部スタッフの中堅社員。年の半分以上が各店舗への出張で、日本全国を飛び回っている。そのため、各店舗のスタッフとも広いつながりがある。正社員だけでなく、現地採用の契約社員やパート・アルバイトに至るまで、店長らと一緒になって業務に当たっているからだ。

イベントなどの業務のために各店舗に関わる期間は、数週間の場合もあれば、数か月に及ぶこともある。期間が長くなれば、それだけその店舗のスタッフたちとのかかわりも深くなる。Eは、こうした出会いが楽しみでもあり、大切にしたいと考えていた。 そんなある日、このE宛に退職を告げるメールが届いたとして、S人事課長から転送されてきた。それは半年ほど前に、一月ほど出張していた関西のH支店に勤務するパート社員のXからだった。

その内容は次のようなものだった。 Eが出張でH支店で業務をしている間、XはEから無視され、とても苦痛だったこと、そのときに職場のスタッフにXに対する根拠のないうわさを流され、その後の職場にいずらくなり、業務にもミスが増え、出勤にも支障が出てきたので、医師に診てもらったところ、適応障害と診断されたこと、そのため仕事ができないので退職することにした、というものだった。

Eには全く心当たりがなく、そもそもXなどといパートがいたことすら記憶にない。そうではあっても、メールが送られてきた以上、謝罪の気持ちを返信すべきだ、との人事課長の話もあり、どうすればいいのか、思案に暮れていた。

S人事課長からは早く返信をするよう促されているが、そもそも事情が分からないままでいい加減な返信をするのは適切では無いと思い、Xと直接話がしたい旨をS人事課長に伝えると、「あなたと直接話をすることで病状が悪化するおそれがある」などとして、すべきではないという。

釈然としないEは、当初の動揺していた気持ちに冷静さを取り戻すと、この問題の矛盾点が徐々に浮かび上がってきた。そもそも一支店のパートの退職の意思表示が、なぜE自身宛に来るのか、しかもなぜE宛のメールが人事課長を経由して転送されてきたのか、そして何よりも、Xとの接触を妨げ、Xに関する確認事実についての説明すらせずに、E自身に非があることを前提にするかのようなメールの返信になぜSは執拗にこだわるのか…「これはもしかすると…」Eは嫌なものを強く感じていた。

●メールを送ったのは誰?

事実関係の確認が取れるまでは、不用意な言動はすべきでないと考えたEは、S人事課長には内密に、H支店長に電話をかけ、事の次第を話し、状況の説明を求めたが、Xはすでに辞めているので、というだけで、なぜかH支店長は具体的な内容のない、歯切れの悪い返答しかしない。

これではらちが明かないと感じたEは、H支店に出張していたときに何度が一緒に飲みに行った配送部門のTに連絡を取った。不信感を持たれないよう、当時のイベント後の効果などをざっくばらんに聞いた後で、「ところでXってパート、知っている?」と切り出した。Tはびっくりしたように「何でXのことを知ってるんですか?」と逆に問い返された。

そこでEは事のいきさつを話すと、Tはさらに驚いたように、こう続けた。「ここだけの話ですけど、Xって、数年前に辞めたパートで、前の支店長のセクハラが原因でメンタル疾患になったんです。これはH支店の公然の秘密で、本社にも報告していないと思います。でも、Xのメールが何でEさんに…」H支店の前の支店長は、当時からあまり芳しくない噂があり、何らかの処分が必要とされていた人物だったが、役員の一人と昵懇であることから、お目こぼし状態にあった。ただ、どうにもならない非違行為があり、降格の上、人事部付きとして本社スタッフに収まっていた。それが人事課長のSだった。Eはおおよその状況を把握した。

●Eへの逆恨み

Eは意を決して人事課長のSに、H支店のパートのXについて確認したことを告げたが、それに対してSは「それは今回問題のXとは別の人物だろう」としれっと言い切った。「それでは、見たことも聞いたこともない別人物というXに対して、私がどんなメールを返信すればいいんですか?」と聞くと、Sは、「素直にお詫びの言葉を書けばいいんじゃないのか」と答えた。どこまでふてぶてしいのかとあきれたが、「しかし会社が従業員個人に謝罪を強要するというのは、いかがなものでしょうか?」とやり返した。

するとSは、「強要などしていない。君がどうしても書きたくないというのならば、それもいいだろう。」と開き直った。そして最後に、「しかしな、会社という組織がどういうものか、君の理解が正しいものであればいいが…」と捨て台詞を吐いてその場を立った。

SはEよりも一回り以上年上で、前回の降格が無ければすでに役員の地位にあるはずだった。社内で最年少役員に抜擢との噂の高いEに対して、Sは相当な対抗心を持っていたことは確かだろう。確証はないが、Xの責任をEに押し付ける形をとることで、Eの社内での評価を下げることができれば、S自身が役員になれるチャンスもあるかもしれない。定年が現実のものとして見えてきたSにとって、Xの問題は自身の恥部でもあり、大きな爆弾だった。きっとどこかに葬り去りたい気持ちだけが先走ってしまったのだろう。

しかも今回のことでEがXの事実を知ったことは、Sにとっては想定外で、何としてでもEを押さえつけなければならなくなった。

●またぞろ出てくるEをパワハラ加害者とする申告

しばらくすると、今度はE自身のアドレスに、直接パワハラ被害を訴えるメールが送られてきた。確かにEが知っている従業員からのメールだったが、その内容に具体性が乏しく、心当たりが無いことを、今度は冷静に判断できた。またか、という気持ちと同時に、Sに対する腹立たしい感情が込み上げてきた。しかし裏にSがいるという確証はない。逆に下手な行動は慎むべきと考え、無視することにした。ところがしばらくすると、また同様のメールが別の従業員から送られてきた。Sはいつまでこんなことを続けるのか。一方で、E自身もメールを無視し続けるだけでいいだろうか。