もし従業員から、こんな言葉を投げかけられたら、状況を理解していたとしても、やはり心穏やかではありません。日頃から労務管理に心を砕いていたとしても、どこかに問題があったら…などと考えると、気もそぞろになります。

「労働基準監督署に行って訴えます!」

「労基署で全部話してきますから」

痛くもない腹を探られるのは、何とも嫌なものですが、だからこそ、労務リスクを回避するためにも、コンプライアンスを徹底させることが重要なのです…という答えは、あまりに教科書通りでしょう。

もちろんコンプライアンスの徹底は、当然重要なことであり、推進すべきことですが、いま目の前で「労基署に行きます」と言われたことへの対応にはなりません。コンプライアンスの徹底は、日々の労務管理の中で継続することに意義があるからです。ここで必要なことは、この状況を如何に平穏に収束させるか、にあります。

開き直りはご法度

そんなことを労基署で話をしても、相手にされるわけがないだろう、という気持ちから、「どうぞ、ご自由に」「好きにしたらいいんじゃない」などと、やれるものならやってみな、と言わんばかりに、バカにして突き放すような返答は考え物です。確かに労基署マターではない問題で、対応してもらえないことが明確であったとしても、この返答には大変な落とし穴があることに気が付く必要があります。

つまり、「労基署に行きます」という発言は、この発言をした従業員のSOS、心の叫びであるとすれば、

「私はこれまでのひどいパワハラをずっと我慢をしていましたが、我慢の限界を感じたので、勇気を振り絞って、上司に対して「労基署に行きます」と言ったのです。しかし上司から帰ってきた言葉は「じゃ、勝手にいけば」でした。会社は何もしてくれない、私は奈落の底に突き落とされたような気持でした。精神科に受診すると「適応障害」と診断されました。」

ということになるのかもしれません。つまり問題は、労基法の適用範囲の判断という話ではないのです。それどころか「じゃ、勝手にいけば」という発言が、労災のリスクを招いていしまっているのです。

腫れ物に触るような対応はモラルハザードを引き起こす

だからと言って、何かといえば、「労基署」を連発する従業員に対して、腫物を触るような対応をすれば、「労基署に行く」といえば、職場の対応が変わるのか、などと訳の分からない学習をしてしまう可能性があります。

それなら、いったいどうすればいいのか?

ここで、これまでの対応については、感情的なやり取りに終始しているだけで、問題の具体的な核心には全く触れていないことに気が付く必要があります。

「労基署で何をするの?」

労基署に行く、というからには、何か目的を持っているはずですが、その点についての確認をしていないのではないでしょうか。「労基署に行くんだから、会社の文句を言いに行くに決まっている」ということかと思いますが、その「会社に対する文句」とは何なのか、という点が重要です。

もしここで、「何をしに行くのか?」と聞いてみたとすれば、おそらく帰ってくる答えは、かなり漠然としたものではないかと思います。つまり、自分自身でも、うまく整理ができていないのではないでしょうか。

そもそも「労基署に申告する」は本心か

本当に労基署に問題を申告して問題解決を図ろうとするのであれば、そもそも、わざわざ宣言してから行動に起こすでしょうか。明確な目的があって、そのために労基署に申告に行くとすれば、その前にわざわざ労基署に行きますなどと宣言するとは思えません。

自分自身でも、何とか労基署などに行かずにすむのであれば、それに越したことは無い、出来れば社内的に解決したい、と思っているからこそ、わざわざ、労基署に行くことを宣言しているのです。しかも、なぜ労基署なのかもよく分からないのかもしれません。

労基署に行きます、という宣言は、私の抱える問題に、きちんと目を向けて欲しい、というメッセージとして受け止めることが大切ではないかと感じます。

【参照コラム】「訴えます!」は暴走しそうな心の叫び

解決要求内容が具体的である場合

以上は、具体的な内容について本人から話を聞いた際に、漠然と不満を抱えているのではないかという心証が得られた場合ですが、もしここで問題について、事実関係に即して具体的な指摘があり、解決を求められたとすれば、しかもその要求について、その形式はともかく、書面で提示があった場合には、解決行動の実行可能性はかなり高い、とお考えになるべきかと思います。かなり本気である、ということです。

そこで確認するべきことは、言うまでもありませんが、問題として指摘された事実です。その事実関係が客観的具体的であれば、その内容について、相手方当事者、たいていの場合はその申し入れをした本人の上司かと思いますが、事実関係の確認作業をする必要があるでしょう。指摘された問題について、具体的客観的ではない指摘である場合には、具体的に何が問題なのか、事実関係を詳細に聞き出すことが必要でしょう。

事実関係の確認の上で、確認された事実について、その中に問題のある要素がある場合には、何らかの対応をすることをお考えになるべきでしょう。その前に、この申し入れをした従業員に対しては、確認した事実関係を明示し、その事実関係のうち何を問題として判断したのか、その上でその問題に対してどのような対応をするのか、回答をしておくことは必須です。大切なことはその回答内容です。

いくら懇切丁寧な形式を整えた回答を提示したとしても、その内容があまりにその従業員を小ばかにした内容であったり、全てについて応じられないなどとするものである場合、これは事実上の対応拒否であって、この従業員との間の紛争を念頭に置いたもの、というよりは、むしろその従業員に対して喧嘩を売っている内容であることに気が付く必要があります。

もちろん、その内容が正論であればともかく、その従業員を感情的に排除することを目的にした無理のある内容である場合には、しこりが残ることは間違いなく、本当に法的に問題となった際に、使用者にとってかなりリスキーな要素になることを想定しておかれる必要があります。結論ありきではなく、事実関係を虚心坦懐に見つめ直し、是々非々で対応するべきであって、全面否定の回答書面については、あらためて「これでいいのか」という懐疑的な視点で見つめ直すことが大切かもしれません。

問題解決のための方法はまさにケースバイケースです。具体的な対応についてはこちらからご相談ください。