「訴えますから!」

問題を抱えて行き場のない気持ちをぶつけるときに、思わず出てしまうものですが、言った本人はさしたる意味もなく言ってしまった「訴えます!」であっても、言われた方としては、多かれ少なれ、心穏やかではないでしょう。

相談者は、いったい何をしようとしているのか、本当に裁判などを起こすつもりなのだろうか、下手になだめたら逆効果だろうか、様々思いを巡らしたりするかもしれません。

ご相談をお受けする際にも「訴えます!」は、しばしば使われますが、このときに私は、どのような問題を、どこに、いかなる解決を求めるのか、という具体的な意向を見極めるようにしています。

このとき「裁判で訴える」つまり提訴する、という意向を持っているケースはほとんど無いのではないかと思います。「訴える」というと、訴訟という印象を強く持つのですが、「訴えます!」といった本人の真意は、大きな声で叫びたい、みんなに知ってほしい、許せない気持ちを理解してほしい…いまにも暴走してしまいそうな気持を何とか抑えたい心の叫びではないか、と感じています。

ですが、ここで「訴えられるものなら、訴えてみろ」などと開き直りのように小ばかにしたような、あるいは木で鼻をくくったような返答をしたとすれば、本当に「訴えます!」が現実になる可能性があることに気が付くべきでしょう。訴訟にならないまでも、相談者が会社外部に解決を求めるであろうことは容易に想像ができます。

一方で、具体的な問題の内容に踏み込むとしても、無造作に相談者の懐に踏み込んだ場合には、相談者の言動を非難している、と受け止められるかもしれません。まずは冷静に話をすることができる、話を聞くことができる状況に持って行くことが肝要ではないでしょうか。

「訴える」という内容が分かっている場合

以前から相談を受け、今回「訴えます!」と言われた内容やその理由が、おおよそ分かっている場合には、何を、どこに、などと改めて聞くまでもないでしょう。問題解決に進展がないことに苛立っていることが自明だからです。

ここで「何を、どこに訴えるのか?」などと聞いたとすれば、相談者には、「今さら何を言っているのか、バカにしているのか、また口先だけごまかそうとするのか…」などと思われてしまうでしょう。これでは火に油を注ぐことになってしまうことに気が付く必要があります。

これは「訴えます!」を、言葉通りに受け止めることで起きてしまうトラブルです。会社としては、問題解決が今どのような段階にあるのか、どのような対応をしているのか、あるいはしようとしているのか、具体的な状況を説明することが不可欠でしょう。

相談者に非がある場合

これまでにも相談者が相談する問題の内容について、その問題の原因は相談者自身にあることを、繰り返し説明し伝えている状況で「訴えます!」と言われたとすれば、これは問題の状況について、相談者自身が問題であることを理解できないか、あるいは、問題を具体的に認識していないか、そのいずれかではないかと思われます。

何が問題なのかが分からない、問題を認識していない、とすれば、それは問題を具体的に指摘出来ていないことが大きな原因でしょう。いつ、どこで、誰に、どのようなことをした、言った、ことは、こうした影響があるから問題であること、などと具体的に問題の事実を指摘して、それがなぜ問題なのかまで、相談者の理解力に合わせて説明をすることが必要になってきます。

一方で、問題の具体的な内容やその影響がもたらす問題について、繰り返し説明しても、その状況がなぜ問題なのかが理解してもらえない場合には、相談者自身も、相当なストレスを感じていると考えられます。

こうした場合には、まずは相談者に改善を求めるよりも、相談者が問題の状況を作れないように、職場環境を変えてしまうことも重要な対応でしょう。

「訴えます!」を無視しないこと

いずれの場合でも、「訴えます!」という心の叫びを、「また言っているよ、いい加減にしてほしいな…」などと適当に聞き流すのではなく、少なくともきちんと話を聞くという姿勢を見せることが重要ではないでしょうか。

「労基署に行きます」の問題と同様、わざわざ「訴える」ことを会社側に伝えるのは、社内的に解決をしたいという強い意向の表れであることをしっかりと理解して頂きたいと思います。

【参照コラム】「労基署に行きます」という部下の真意

「労基署に行ってきました。問題だと言われました」

感覚は従業員個々人によってさまざまで、何でもすぐに労基署で相談する人もいれば、労基署への相談をするために離職まで覚悟する人まで、本当に極端ですが、立ち話程度の相談を受けていた問題について、「労基署に行ってきましたが、それは問題だと言われました」などと報告されれば、決して心穏やかではいられないのではないでしょうか。

ですがここで冷静にお考えいただければと思いますが、その本人は労基署に行ったこと、そこで問題だ、と言われたこと、この二点だけを漠然と告げただけであることに気が付く必要があります。ここで確認するべきことは、労基署といっても、どこの労基署に行ったのか、相談をした窓口はどこか、たいていの場合「総合労働相談コーナー」かと思いますが、これが「監督課」あるいは「労災課」などであったとすれば、何を相談したのか、何を申告したのか、本人が言うかどうかは別として、確認のための問いかけは必要でしょう。それに対して、何も答えなかったとすれば、よほど職場で嫌な思いを繰り返してきたことから、すでに信頼関係が破綻しているか、あるいは、確信犯のケースでしょう。何も答えないということは、社内的な解決を図るつもりはない、という明確な意思表示だからです。

もっとも、社内的な解決を図るつもりがないならば、あえて「労基署に行った」などと話すこともない、という理屈にはなるかと思います。ですので、労基署に行って、問題だ、などと共感してもらえたことを会社側に告げたとすれば、それは、私は本気で問題を何とかして欲しいと思っているんだから、誠意をもって対応してよ、というメッセージとして受け止めることが、妥当かと思います。

このメッセージを無視した場合には、労基署で相談したということが事実であるとすれば、次にあるのは、書面での問題解決要求です。回答期限までついていれば、それに対する回答内容次第ですが、早晩「あっせん開始通知」あるいは「調停開始通知」が会社に届くことになります。

【参照コラム】あっせん、調停を有効に活用する方法

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