【人事労務のリスク管理メモ】3月号アップしました

【今回のストーリー】

●「可愛くないし、特技もない、若くもないのに…」

 Aは飲食チェーン店のスタッフとして働いている中堅スタッフ。重要な戦力の一人だが、半年前に店長がBに代わってから、どこか沈み込むようになってしまった。
 AはB店長から直接強い叱責を受けることは無いが、Aの些細なミスやB自身の思惑と異なる言動について、別の社員に頻繁に漏らしている。漏らしているというよりも、
 「何でAは××を俺に報告しないんだ!」
 「何だ、あのAの態度は、何で注意しないんだ!」
 「Aに早く帰れと言え!」
 などと、別の社員に大声で怒りをぶつけているのだった。
 当然Aは、B店長の非難を耳にしているし、でも直接自分には絶対に言わない。直接言わなければパワハラにならないだろうというBの勝手な判断なのか、人事などから注意を受けたのか分からないが、直接言うよりもはるかに陰湿な嫌がらせだ。しかしBは、直接本人を目の前にして言わなければ、問題ないと確信しているらしい。
 日々このような職場でいたたまれなくなったAは、出勤ができなくなってしまった。精神科で適応障害と診断され、しばらく休職することになってしまった。間もなく人事から、
 「まずは療養に専念してください。復帰できるようになったら言ってください。きちんと対応しますので…」
 などと言ってくれるが、そもそもの原因はB店長の言動にあるのに、あえて人事はそこに触れないのか、それとも知らないだけなのか、疑心暗鬼がないまぜになって複雑な気持ちだった。
 だからと言ってAが自らBの言動に問題があるとは一言も言っていない。それは、Bの言動の理由は、自分にもあるのではないか、という気持ちがAにあったから、そして周りの同僚からは
 「気にするな」
 とか、家族からは
 「ことを荒らげるようなことは言わない方が良い」
 など言われていたことも、Aの気持ちを躊躇させていた。それよりも、早く回復して仕事に戻ることが大切、と気持ちを切り替えようとしていた。
 そんな最中、復職に向けた主治医との話の中で、A自身に発達障害の所見があることを告げられた。
 でもAにとってはショックというよりは、やはり自分に原因があったという理由が見つかったことで、何かスッキリしたような気持だった。
 「復職は可能ですが、発達障害の特性を会社に理解してもらって、職場での配慮をお願いしてください」
 と主治医からは意見書をもらい、会社に対応を求めた。第三者機関の支援もあり、会社からは配慮が得られることになった。
 また元の通りに仕事ができると新たな気持ちで出社したが、待っていたのはB店長からの嫌みだった。
 といっても、相変わらず自分には見向きもせず、社員に向かってブツブツ言っている。
 「俺は、障害があるからって、甘えは許さない」
 「一を聞いて十を知ることが必要な職場だ。人事は何を考えているのか!?」
 「障害があるなら、戦力としては使えない。補助要員だ」
 ・・・
 いつまでも一人でブツブツ言っているだけなので、Aはどう対応していいかわからず、同席している社員のCの顔を覗くと、Cもいたたまれなかったのか、
 「今日はこの辺で」
 と、この場を収めるとCはAをそっと手招きした。
 「気にしないでね」
 「・・・」
 またこれか、とAは思った。何も答えられずだまっていると、Cが切り出した。
 「店長もどうしていいか分からないんだと思う」
 「それって、私がお荷物だということですか?」
 思わず口に出してからしまったと思ったが、これは本心だ。相手が同僚のCだったこともあって、感情が走ってしまう。
 「そんな、ケンカ腰にならなくても…」
 「これまでだって、ずっと我慢してきたのに…そういうことじゃない?」
 「・・・」
 「だいたい、Bが来る前は、ちゃんと仕事もできてたのに…」
 「・・・」
 「何で黙っているの?」
 「・・・」
 「なんか言ってよ!」
 「じゃあ、言うけど…店長と同じように思っている子も、いるってことを…」
 「ほら!やっぱりそうじゃない。みんな私が辞めればいいと思っている」
 「そうじゃないよ、ちょっと待って。冷静になってよ」
 「…悔しいよ…」
 「もう理由が分かったんだし、どうすればいいかも分かったんだから、これまで通り、仕事ができるって」
 「…もう…ムリ…」
 AはCからも三下り半を突き付けられたような気持ちで、仕事に対する気持ちが全く萎えてしまった。
 次の出勤日の前に、店長のBに、意を決して退職を告げた。その場にいたCは、自分の責任であるかのように、今にも泣き出しそうだったが、Bは平然としていた。Aは、「また何か言うぞ…」と身構えた。
 「よく退職だなんて軽々しいことが言えるよな、これだけ周りに迷惑かけといて。まぁ、顔も可愛くないし、特技もないし、障害があって、若くもないのに、現実が見えてないっていうか、その程度の覚悟なんだろうな…」
 横にいたCは驚いたように絶句していた。悔しさを通り越し、怒り心頭に達したAは、Bを睨み返すと、扉を思いきり蹴とばした。

●「改善点は何でも言って」と言われたのに…

 Dは前職のキャリアを高く買ってくれたE社に採用された。試用期間は三か月だったが、Dを採用したF人事部長は、
 「君の能力を大いに発揮してもらいたい。将来の幹部候補だと思ってくれていい。」
 とまで言われていたので、Dはこの会社で骨身を惜しまず頑張ろう、という気持ちに燃えていた。業務の流れを把握する研修を終えると、業務部長のGから、
 「ぜひ改善点などがあったら、遠慮なく指摘してほしい」
 と言われたが、Dはやはり試用期間の身でもあり、また実際の業務の流れをきちんと一通りできるようになるまでは、という気持ちもあり、
 「まだまだ未熟者ですので、しっかり精進させて頂きます」
 と答えた。その謙虚さに好感を持ったG業務部長は、
 「いやいや、そういうところが君の潜在能力の高さを示しているよ。一緒に会社を良くしていこう」
 と言われると、自分自身を押さえていたDも、もっと踏み出してもいいのかも、と思い直していた。
 というのも、前職で痛い経験があったからだ。もともと能力の高いDは、会社から重要度の高い業務を任せられ、完成度の高い作業結果に対して、社長からも称賛されたが、それがいけなかった。逆に上司らからのやっかみを買い、必要な業務上の連絡事項などを意図的に伝えてもらえないなどの幼稚な嫌がらせを受け、前職にあっさりと見切りをつけた、ということがあったからだった。
 といっても、もともと能力の高いDは、やはり気持ちの上ではそれなりの仕事をしたいし、それに対する評価を得られることは、この上ない喜びには違いなかった。
 慎重なDは、さすがに自制の気持ちもあり、恐る恐る改善提案を小出しにした。するとどうだろう。業務部長のGは、そのレポートを高く評価してくれた。
 「この調子で、これらからも頑張ってほしい」
 Dは、ようやく認めてくれる会社があったと、ホッとすると同時に、喜びの気持ちが湧きあがってきた。
 「来月の改善会議でも、自信を持ってレポートしてほしい」
 背中を押されたDは、意気に感じてさらに完成度の高いレポートに仕上げようと、全精力を注いだ。 役員の居並ぶ改善会議は、Dの晴れ舞台だった。Dは意気揚々と渾身のレポートを発表した。ところが…
 「D君は試用期間だったな」
 「何だ、新入社員か」
 「業務を理解しているとは思えないレポートだな」
 「自意識過剰にもほどがある…」
 「協調してやっていけるのか?」
 「あまりに軽々しい指摘が多いな…」
 ・・・
 Dは絶句した。Dをたきつけた張本人のG業務部長は、下を向いたまま黙り込んでいる。これはG部長に騙されたのか、それとも、自分がまた状況を読み誤ったのか、混乱した頭を整理する余裕すらなかった。 そのあと、社長から何を言われたのかも全く記憶にないまま、改善会議は終了した。Dにとって、惨憺たる結果だったに違いない。
 何よりもDにとってショックだったのは、協調性の無さを指摘されたことだった。また前職と同じ轍を踏むのか、そう思うと、これからもずっと同じことが繰り返されそうに思えてならなくなった。大きな不安に押しつぶされそうな気持で、廊下をそぞろ歩いていると、前からG業務部長が歩いてきた。
 「いったい、どういうことなんでしょうか。私には何が何だか…」
 素直な気持ちを吐露した。GはDを応接室に促した。
 「俺は良かったと思っている。だが…」
 「だが?」
 「だが、この会社は古い体質を引きずっている。だれかが行動しなければ…」
 「それを私がするべきと…」
 「そうはいっていない」
 「実際に今日の会議では、私は針の筵でした」
 「何もできず、申し訳なかった」
 「別に、良いんです。これまでもそうでしたから…」
 「俺は、君をつぶすつもりはないし、むしろこれからの会社を担ってもらう人材だと思っている。これは嘘じゃない。ただ、まだそのタイミングではないかと…」
 「ですが、今日、私はつぶされました」
 「ちょっと待ってくれ、早合点は困る…」
 「早合点!?…でも部長は、私の背中を押しました。はっきり言ってくれたじゃないですか」
 「だから…申し訳ないと思っている」
 「もう、私の居場所は無いんじゃないでしょうか」
 「そんなことはない!もう少し辛抱してくれ」
 「・・・」
 「必ず君の時代が来る」
 そう言われても、役員が居並ぶ会議で、同席していたGからもなんのフォローもなく、これでもかと叩かれたあとでは、Gの言葉もどこか空々しく聞こえた。Dには、どうすれいいのか分からなくなっていたが、とりあえず、試用期間までは、きちんと仕事をしよう、という気持ちの整理はできていた。
 翌日、出社すると、いきなり直属上司Hから呼び出された。
 「ここはさぁ、飛びぬけちゃダメなんだよ。わかる?」
 「・・・」
 「君みたいな優秀な人材にとっては、居心地が悪いと思うよ」
 「辞めた方が良い、ということですか?」
 「そういう意味で言ったんじゃないけど…」
 会話はここで終わってしまった。Dはますます分からなくなってしまった。