【人事労務のリスク管理メモ】バックナンバーをアップしました

●不採算部門を縮小する

電子機器を製造するY社は、これまで主力であったA製品について、受注の減少に対応するため、Aを製造するA工場を縮小し、今後の展開が見込めるB製品およびC製品の生産に注力することとした。このためA工場の人員についても縮小する必要性がでてきた。
Y社では、できるだけけ雇用を維持できるような対応をしたいと考え、A工場の契約社員に対して、会社の考えを十分に説明したうえで、次回更新は賃金について従来金額の三割カットを提示し、同時に、B製品を製造するB工場、C製品を製造するC工場での期間契約に応じる場合には賃金を維持する旨を提示した。
A工場の契約社員は、賃金の三割カットを受け入れて従来通りA工場で働くか、従来賃金のままBまたはC工場で働くか、あるいは離職するかの選択を迫られた。B、Cの工場はA工場と比較して通勤距離こそ大きな違いはないものの、その製造作業はAとは全く異なり、より高度でかつ新たなスキルが求められる難しい職場だった。
そのためA工場の期間契約社員のうち、配転に応じたのはたった三名で、半数の十名は賃金減額を受け入れ、A工場での就労を選択した。残りの7名はいずれの提示も拒否した。

●雇い止めの撤回を求められたが…

提示した条件すべてを拒否した7名は、期間契約(一年間)をこれまで反復更新しており、いきなり賃金の三割カットは到底受け入れられないものであり、それを受け入れなければ更新しないのは、事実上の雇い止めであるとして、雇い止めの撤回を訴えてきた。
これに対してY社は、A工場の縮小は喫緊の課題であって、何らかの形でのリストラは避けられない。このため契約社員の全員の更新を前提に賃金三割カットを提示した旨を再度説明し、その上で、賃金二割カットを受け入れるのであれば離職者七名のうち、四名までは再雇用可能であることまでも明快に説明した。
これに対して、三名がこれに応じ、残りの四名はそれも拒否した。Y社はいずれの提案も拒否した四名に対して、新たな就職先の斡旋サービスの利用を無期限で提供することを申し出た。

●雇い止め無効の主張に対して

すべての条件提示を拒否した四名は、従来の条件のままでの契約更新を求めるため、法的解決手段を通じて雇い止めの無効を主張した。Y社による賃金の一方的な引き下げは認められず、それに応じなければ契約更新に応じないというY社の姿勢は、合理的理由のない雇い止めであるとして、更新拒否の無効を主張した。
これに対してY社は、A工場の縮小は避けられないものであり、人員削減は避けられないものであり、従来の条件のままであれば、契約社員の半分しか更新の余地はなかったのであり、条件変更はやむを得ないものであることを主張した。
その上でY社は、問題の円満解決のため、A工場での長年にわたる勤務を慰労するものとして、本来は契約社員には支払われない退職金相当額を支払うことを提示したところ、その四名は全員その条件に合意し、問題解決に至った。

●正規社員へ労働条件変更を提示する

契約社員の問題は解決したが、次の難問は正規社員をどうするかであった。A工場の現場は契約社員のみで稼働させるものとし、A工場での正規社員八名のうち、現場スタッフの六名全員のB工場およびC工場への配転を考えた。
Y社の就業規則には、人事に関する規定の中で、会社の必要に応じて配転命令に応ずべき義務が正規社員に課せられていたため、Y社はこれを根拠に、現場スタッフ六名のうち、三名ずつ、B工場およびC工場への配転を打診した。

●いまさら畑違いの仕事なんかできない…

現場スタッフの六名は全員地元の高卒採用で、数十年にわたってA工場でA製品の生産に携わってきた。そのため作業内容が大幅に変わる他工場への配転については難色を示したが、会社の現状を複数回にわたって説明し、その窮状に理解を示した。しかし自分自身の配転は別の問題であるらしい。A工場での就労は難しいことは理解しつつも、できるだけ負担の少ない作業を、と考えていた。
そこに、以前A工場からB工場に異動した社員から、次のような話が入ってきた。B製品は、A製品とは全く異なるものだし、製造工程も全く異なるが、各工程での作業についてみれば、実はA工場での作業と類似点が非常に多いから、B工場なら、C工場より楽かもしれない、と。
このため、六名全員がB工場への配転を希望した。Y社としては、せっかくA工場の六名が配転に応じる気持ちを示したのだから、この機会を逃したくない。しかし全員をB工場に異動させるためには、現在B工場で勤務している正規社員を新たに三名をC工場に異動させる必要がある。どうすれいばいいか、と人事担当者らで検討しているところへ社長が現れ、そんな煩わしいことに何を汲々としているのか、さっさと配転命令を出せ、と一蹴してしまったので、致し方なく、六名を機械的に三名をB工場へ、残りの三名をC工場へ配転命令を発した。

●配転も嫌だけど、辞めるわけにもいかない

B工場への配転命令を受けた三名とは裏腹に、C工場への配転命令を受けた残りの三名は、人事へ不安を漏らした。なぜ自分がC工場なのか、と。たしかにC工場の作業はB工場と比べて、負担が大きいことは否めない。そのため、六名の中でも若年者からC工場への配転を決定したことを説明した。
それでも納得のできないC工場配転組の三名は、C工場への配転には応じられない旨を意を決して人事に申し入れた。それを聞いた社長は激怒し、配転に応じられないなら解雇だ、と一喝した。
三名は様々思案、研究の末、C工場での就労を受け入れることとした。が、一方で同時に配転命令の妥当性に疑義があるため、命令に応じることを留保する旨を回答した。
意味が分からない人事担当者は、顧問社労士Sに説明を求めたところ、それは変更解約告知というもので、日本ではまだ認められていない考え方で、命令を拒否したものとして受け取られるものである、とのことだった。その考え方からすれば、配転命令の拒否であれば、これは業務命令違反であって、就業規則の解雇規程にある解雇事由に該当する。意を強くしたY社は、C工場配転組三名に対して、業務命令違反を理由として解雇を通告した。

●解雇の効力は?

慌てた三人は、法的解決制度を活用して直ちに解雇の無効を主張した。同時に、ネットで得た生半可な知識で策を弄したことを強く悔やんだ。三人にはもとより離職の意思は無く、こんなことならば最初からC工場の配転に応じていればよかったと後悔した。しかしY社人事は、そもそもこの三人を何とか受け入れる方法はないかと検討していた経緯もあり、三人からC工場への配転を受け入れるから解雇を撤回してほしい、と懇願されたため、Y社はこれに即応諾した。

※2015年3月号のストーリー部分を掲載しました。

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