【人事労務のリスク管理メモ】1月号アップしました

【今回のストーリー】

「総務を侮辱する営業課長」

…「貴様は誰の稼ぎで給料もらっていると思ってるんだ」と豪語する営業課長に一泡吹かせようとするが…

「昇格をきっかけに始まったパワハラ」

…これまで親身になってくれていた上司が、自分の昇格をきっかけに態度を一変させる…


●総務を侮蔑する営業課長

 Aは総務事務全般を担当する中堅社員で昨年係長に昇進した、会社に無くてはならない存在だが、このAを目の敵にする管理職がいる。営業課長のBだ。もともとお互いのつながりは業務の違いもあって希薄だったが、ある経費削減会議の席上で、Aが
 「B課長の交際費の突出が顕著です。少しお考え頂かなくては…」
 などと指摘たことがきっかけで、AとBは犬猿の仲になった。
 「交際費に関しては、領収書等を添付してすべて報告しています。やましいものなどは一切ありません。」
 「やましいものがあるとか、そんなことを言っているんじゃないんです。C課長、D課長と比較しても、倍以上…」
 「費用対効果をきちんと見てください!」
 思わずCとDは顔を見合わせ、けげんな表情を作った。その様子をAは見逃さず、
 「それはC課長とD課長に失礼じゃないですか」
 というと、Bは思わずヒートアップした。
 「比較の問題を言っているんじゃない!俺の成果をきちんと見ろと言っているんだ、このアマが!」
 ここで専務が割って入った。
 「まあまあ、お互い少し冷静になろうよ」
 「私は冷静です」
 「…ここは…俺の吊し上げか…いい加減にしろ!!」
 というなり、Bは会議室の扉を蹴とばすように出て行ってしまった。
 それからBは事あるごとにAを目の敵にしている。書類にミスが少しでも見つかろうものなら、鬼の首でも取ったかのように、
 「こんなミスするようじゃ、俺に盾突くのは十年、いや百年早い。偉そうなことばかり言ってるんじゃねぇぞ。」
 と胸ぐらを掴まれたり、外から帰ってくるなり、
 「総務はいいよな、一日中事務所のなかで…おい、A、貴様は誰の稼ぎで給料もらっていると思ってるんだ、え、どうなんだよ。」
 「自分で稼げないやつが、俺に口出しするんじゃねぇよ」
 「え、係長さんよ、なんか言ったらどうなんだ」
 敵意むき出しの言動の連発に、部下も不安そうに見つめている。
 「Aさん、いいんですか、このままで」
 「悔しいけど、確かに稼いでないのは事実だし」
 「そんなことないですよ、Aさんがいなかったら営業だって動けないんだから…」
 しかしAには、実は本心では何とかBをぎゃふんと言わせたい、という気持ちが常にあった。
 そんなある日、B課長からまた無理難題を突き付けられた。
 「Aは費用削減が得意なら、うちの仕入先Eの部材の値引でもしたらどうだ。それができたら、多少は認めてやるよ」
 といつもとは変わったことを言ってきた。無理難題とはわかっているが、Aには沸きあがてくる気持ちがあった。「よし、やってやろうじゃないか」
 仕入先のE社は、大手の商社で、ここからの部材の仕入れは欠かせない。この値引き交渉を成功させれば、B課長も文句の言いようがないだろう。あわよくば、A自身の課長への昇進もあるか…などと取らぬ狸の何とやらで、ニヤリとした。そこでAは渾身の提案書類を作り上げ、意気揚々と仕入先のE社への要望をした。あとは返答楽しみだ。
 ところが、数週間後、Aは社長から大目玉を食らうことになった。
 「E社を相手に、君は何と言うことをしてくれたんだ。」
 「申し訳ありません、ですが…」
 「ですが…、なんだ?」
 「コスト削減は大切ですし…」
 「E社に対して値引き交渉など、全く持って論外だ」
 「B課長に命じられました」
 Bの表情がピクリと動いたが、Bは何食わぬ顔で、
 「私は何も知りません」
 としれっと言い切った。Aは思わずBをにらみつけたが、Bはそっぽを向いて知らん顔だ。
 「今後は一切の独断は慎んでくれ。今回は不問に付す」
 というと、社長はその場を去ったが、BはAを小ばかにするように鼻で笑っていた。無念だが、完敗だ。Aは自分お勇み足を悔やんだが、湧き上がる復讐心をめらめらと燃やすように、Bの背中をにらみつけた。

●昇格をきっかけに始まったパワハラ

 最近リーダーに昇格したFだが、職場では持ち前の明るさが消えてしまっている。Fが昇格をしたことで、上司のG課長は、Fに対して敵意をむき出しにし始めた。
 「何でFが昇格したのか分からない」
 「こんな仕事はパートの仕事だ。何でFがするんだ」
 「同じリーダーのHなら、もっとうまくやれるのになぁ」
 「リーダーなんだから、もっと仕事を覚えないと困る」
 などなど、これまでとは打って変わって、Fの顔を見れば、Gは文句ばかり言われている。さすがに見かねたパートスタッフからも心配する声があったりするので、逆にFは、自分がしっかりしなければと自らを奮い立たせたが、G課長を見るたびに憂鬱になる。
 そんなある日、子どもが熱を出したので早退させてほしいことをGに告げると、
 「リーダーとしての自覚がないな、後は俺に丸投げか」
 「そんなつもりは…」
 「たまには旦那に面倒みさせればいいだろう…あっ、離婚したんだっけ、失敬、失敬、ハハハ」
 周りに聞こえるような大声でデリカシーの無い暴言を吐くGに、Fは悔しさでトイレに駆け込み、人知れず嗚咽した。こんなことなら、昇格なんてしない方がよかった。Fは心底そう思った。まじめで責任感のあるFは、Gに対する怒りよりも、自分に対する情けなさにさいなまれていた。
 そのような中で、社長から仕事ぶりを見込まれたFが、契約社員から正規社員にならないか、と打診をされた。本当ならば、願ってもないことだが、今のFにとって、G課長のもとで、これ以上の嫌がらせに耐える自信がなかった。
 「大変ありがたいお話ですが、家庭の事情もあり…」
 「いや、今まで通りに仕事してもらえれば十分なんだ」
 「これまで以上にご迷惑をおかけするかと…」
 「迷惑…?」
 「いまでも、リーダーとしての仕事が十分にできていませんので…」
 「そんなことはないだろう。パートからの信頼も厚い」
 「ですが…」
 「ですが?」
 「やはり、自信がありません。もったいないお話なのですが…」
 「そうか。君にその気持ちな明ければ、無理強いすることはできないが…」
 「本当に申し訳ありません」
 「また、何かの機会もあるだろう」
 と言うと、ちょっと不満げに社長は立ち去った。Gさえいなければ、もちろんFは快諾していた。しかしそのことは言えなかった。これ以上、Gからの嫌がらせがエスカレートするほうが怖かったからだ。
 一方で、社長はGと、Fについて話をしていた。
 「最近Fは元気がないようだが…」
 「気のせいでしょう」
 「そうだろうか?君は普段からFを見ているから気にならないだろうが、私から見れば、何か大きな問題でも抱えているように見えるが…」
 G課長はぎくりとした。しかし即座に何食わぬ顔で、
 「リーダーに昇格したばかりで、負担も大きいのでしょう」
 「昇格が重荷になっているのか?」
 「そう思います!」
 わが意を得たり、とGは力を込めて応えた。
 「リーダーらしい仕事ができていないように感じます」
 「…ずいぶんと手厳しいな」
 「は…?」
 「それまで君はFをずいぶん高く評価していたじゃないか」
 「それは…」
 「何かあったのか?」
 「…リーダーになれば、見る目も厳しくなるというもので…」
 Gはしどろもどろになりそうになる自分に焦った。落ち着け、落ち着け…
 「管理職の仕事は何だ、G君?」
 「職責を全うすること、かと…」
 「それは誰でも同じだ」
 「…」
 「部下の能力をどれだけ引き出せるか、じゃないのかね?」
 「…はい…」
 「リーダーとなったFの能力を引き出す責任がある、とは思わないか?」
 「…」
 「今後Fをどうすべきか、今週中に報告するように」
 とだけ言うと、社長は無言で社長室に戻った。Gは冷や汗が額から滴り落ちていた。Fは社長に何を言ったのか、Gは疑心暗鬼になっていた。このままでは自分の立場が危ない。Fの亡霊が目の前に現れた。こいつを何としてでも…
 翌日G課長はFを会議室に呼びつけ、怒鳴りつけた。Fは恐怖で今にも卒倒しそうだった。
 「昨日、社長に何を言った!?」
 「何も…お断りを…」
 「何を断った!?」
 「正社員にはなれないと…」
 「…正社員!?」
 Gは社長がFを正社員にしようとしていたことに、戦慄を感じた。Fが、まさに自分の立場を脅かす存在であることを確信したGは、暴走する気持ちを押さえられない。
 「なぜ正社員になれないと言った!?」
 「…自信がないと…」
 「自信!?違うだろ、本当は何と言った?」
 「…ほんとうにそれだけです…」
 「嘘をつけ!本当は何と言った!?」
 「…本当にそれだけです…」
 「ふざけるな!俺を馬鹿にするな!」
 「…本当に…」
 そう言ったまま、Fはふらふらと倒れ込んでしまった。「うまく逃げやがって」GはパートにFの面倒を任せると、一服しながら次の対応策を考えた。今後のFについて、社長に何と言おうか…
 翌日、Fは、適応障害であること、数か月の療養が必要であるとする医師の診断書を提出した。Fは休職を申し出た。一方で、今の職場を替わることで復職も可能である旨も告げていた。それを聞いたGは激高した。どこまで俺を馬鹿にするんだ…
 
 「もう必要ないかとは思いますが…」
 社長は苦虫を噛み潰したような顔で聞いている。
 「休職するくらいですから、Fを今後どうするかを考えても無駄かと…」
 「…」
 「パートにでも戻した方が…」
 「なぜそう思う?」
 「なぜって、それは、リーダーとしては、もう無理かと…」
 「ずいぶんと無責任だね」
 「は…」
 「覚えていないのかね」
 「何が、でしょう?」
 「管理職の仕事だよ」
 「はい…?」
 「部下が休職してしまった事態を、君はどう考える?」
 「それは、Fに能力が無かったかと…」
 「能力が無かった?」
 「そうです。能力が…」
 「そのの力を引き出すのは、君の責任だろう」
 「しかし、無いものは引き出せませんし…」
 「君の管理職としての意識は、その程度か?」
 Gは思わずぶるっと身震いをした。Gの目の前に、Fの亡霊が現れた。