【人事労務のリスク管理メモ】4月号アップしました

【今回のストーリー】

「高齢ワンマン理事長が牛耳る職場」

…御年90を超える、支離滅裂な創業経営者に一言も言えなジュニアに見切りをつけた職場スタッフは…

「残業代泥棒」

…正社員含みで採用されたが、何かにつけて「それじゃ正社員にはなれないな」と言われ続け、契約社員として塩漬けのまま4年目…

「総支配人に振り回されるウチの会社」

…総支配人子飼いの部下が、テナントのスタッフに執拗に迫まられ、辟易としていたその彼女の取ったけんもほろろな対応が…

●高齢ワンマン理事長が牛耳る職場

A医療法人の創業者であり理事長でもあるBは、御年九〇に間もなく届くかという高齢にも関わらず、日々かくしゃくとして相変わらずワンマンぶりを発揮している。頻繁に職場に顔を出す現場重視の姿勢は評価されても良いはずだが、職員からは文句しか聞こえてこない。Bは労いの言葉一つかけるでもなく、気まぐれな指示を出しては、思い通りの返答がないとみるや、血相を変えて怒り出す始末で、その場の職員はBの義理の息子であるC院長に助けを求めるが、このCがまた頼りない。経営に関しては義理の父親であるBが頼みの綱で、火がついてしまったBの前では、いつもの陽気さはどこへやら、Cは借りてきた猫状態で、滑稽でもある。忠告一つ言える訳もないCは「俺の方が先に逝きそうだ」とよく漏らしている。
こんなA病院で看護師を数年勤めてきたDは、Bの気まぐれにも半ばあきらめ気味に当たり前のように受け止めていたが、今朝はB理事長が機嫌よくDに声をかけた。「最近気になることはないか?」…これは相当慎重に答えなければ、とDは緊張気味に「医師と看護師のコミュニケーションがもっと必要では…」と言いかけたところで、おもむろにBはけげんな顔をした。「俺はこうして頻繁に君たちと話をしているが…」やはりとんちんかんだ。そういう意味じゃない。「治療の方針というか、カンファレンスみたいな…」と言ったDの次の言葉を遮るようにBは「看護師が治療に口出しするのは医師に対する越権行為だ」「…っえ…!?」「何!?カンファレンス!?大学病院じゃあるまいし。君はずいぶんと偉いんだな。」とBが言ったところで、Dは逃げるように「言葉が足りず失礼しました」とだけ言って、病室に急ぎ足で向かった。まだ心臓がバクバク言っている。もう何を言ったらいいのかわからない。差しさわりの無いお天気の話をすれば、君は看護師のくせに患者のことではなく天気が気になるのか、と言われたこともある。逃げるに限るか、などと考えていると、B理事長がDを呼んでいるという。やっと逃れたかと思ったのに、憂鬱な気持ちでナースセンターに戻ると、おもむろにBは「君は私の話が終わらないうちに逃げるとは、失礼千万だ。私に対する反抗だ」と怒り始めた。頼りにならない院長のCを見ても、パソコンの画面に向かったまま知らんふりを決め込んでいる。「君はえらいようだから、論文形式で始末書を書いて提出しなさい。」言っていることが滅茶苦茶だ。「出来が悪ければ何度でも再提出だ。それでもだめなら単位はやれないな。」これはいったいどういう意味か?給料減額?最低評価?もう仕事どころではない。
Dは思い余ってCに相談したが、Cは「そんなに深刻になることは無いよ。三歩歩いたら忘れているから。」確かにそうかもしれない、そう思い直し、少し冷静になると、いつもの業務に取り掛かった。
数日後、始末書のことなど全く忘れていたDが、Bから呼ばれ、凍り付いた。「お前は私の業務命令を何だと思っているんだ!」Bは始末書のことを覚えていたらしい。
万事この調子で、Bに対する精神的な余計な負担は計り知れない。Dは数名の同僚らとともに、Cに対して、Bの言動を何とかしてほしい、もう我慢の限界、と訴えたが、それに対してCは「そんなに僕をいじめないでよ。それでなくても毎日針の筵なんだから。順番で言ったら、間違いなく次は親父だから…」だからそれまで我慢をしろと言うのか。いったい何年先の話だ。事ここに及んでも何もしようとしないCなどあてにせず、Cに対する最後通告の後、法的解決を図ることをDらは決意した。

●残業代泥棒

小さな地方の事業所に勤めるEは、勤続三年目を超えようとしている。契約社員で一年更新を繰り返してはいるが、採用当初の「次の更新で正社員に」というF所長の言葉は何だったのか。四年目に入る今回の三回目の更新時に、思いきって所長のFに聞いてみることにした。
Fは最初はとぼけるつもりだったのか、そんなことをいったかな、みたいなことを呟いていたが、Eが採用当初の労働条件通知書を開いて見せると表情がこわばった。「正社員の責任は重いものだし、契約社員以上の要求にも応えて貰わなければ困る」などと言われたが、正社員の方が、責任が重いことなど当然のことと受け止めた。
ところが翌月になり、渡されたシフトを見て驚いた。シフトが半減している。入社以来、シフトとはいっても形ばかりのシフト表で、週四、五日、フルタイムで勤務してきたのに、今月のシフトは週二日にもならない。Eは慌ててF所長に理由を聞くと、今月は業務が少ないのでシフトを減らしてもらったのだ、という。これまではこうしたことは一度もなかったのに、どうしてか、と問い詰めると、「君は正社員になりたいのだろう。ならば会社に協力して貰えるのか、私はあなたを見極めなければならない。」シフトの半減にも進んで応じることが会社に対する忠誠心を示すことになるのか、Eは狐につままれたような気持ちだったが、ことを荒らげたくなかったので、ただ「分かりました」とだけ答えた。
ところが今月も半ばになると、重い残業を命じられるようになった。これまで残業は、残務作業について、任意でするものだった。ところが終業時間間近に、別の仕事をFが改めて命じるので、「今日は予定があるので、明日ではダメでしょうか」と聞くとF所長は、「会社は定額残業代を払っているが、この状況では君の残業時間は少なすぎるので、会社には大きな損が出る。定額残業代分以上の残業をしてもらわなければ、残業代泥棒じゃないの。正社員として、どうかな?」とEの痛いところを突いてくる。釈然としない思いを抱きつつも応じていたが、そんな折悪くインフルエンザにかかってしまった。Eは、会社に迷惑をかけることを謝罪しながら、お休みを告げたが、それに対してFは、「あっ、そう。でも俺はインフルエンザになっても休まないけどね。」とだけ言った。インフルエンザになっても出社しろと言うのか。「別に出社しろなんて言ってないから。ただ、正社員としてどうかな、と…」またFの嫌みが始まった。二言目には正社員云々を持ち出すFに嫌気がさしていたEは、本社人事に残業とインフルエンザの問題について解決を求めたところ、間もなくFに指導があったらしい。
その後、Fから残業については何も言われなくなった。確かにすべき残業は無くなったが、残業代泥棒と言われた手前、気が咎めることもあり、EはFに退社前に残業することは無いか、一応聞いてみた。するとFは、「無理しなくていいんじゃない、本社からお墨付きをもらったんだから、安心して残業代泥棒を続けてください。」
Eは人事に異動の希望を出した。

●総支配人に振り回されるウチの会社

郊外の大型SCの中にテナントとして店舗を構えるG社のスタッフとして他店舗から配属されたHは、鬱陶しい問題を抱えていた。それはSC側の社員でテナントを指導する立場のマネジャーIが、執拗に付きまとってくること。配属当初は、SC内での分からないことなどを聞いたりしていたが、必要以上になれなれしく近づいてくるIが不快でたまらない。そんなHの気持ちなどお構いなしに、Iの言動は大胆になり、「一目ぼれした、大好きだ」などと恥ずかしげもなく連発する。たまりかねたHが、店長のJに相談したが、「SC側の社員だし…」などと取り合う気もない。仕方なく、HはIに対して、「ほかのスタッフなど周りの迷惑にもなりますから、軽々しい言動は慎んでほしい」と直接求めたが、まったく意に介さない。相変わらず「好きだよ」を連発するので、その都度Hは「いい加減にしてください」と強く言い返すようになっていた。
そんなことが続くうちに、しばらくするとHもあきらめたのか、近づいてくることもなくなった。ようやく鬱陶しい問題から解放されたと思ったのもの束の間、今度はSCの総支配人Kから呼び出された。何事かと不安な気持ちで事務室に入ると、HはKから「君はお客様のいる店頭で、頻繁にIを大声で叱責しているらしいが、SCのお客様対応として、極めて不適切だ。」と注意されたため、Iの不快な言動が原因であること、大声での叱責などはしていない、止めて欲しいと強く求めただけだ、と弁明した。しかしKは、Hから反論されたことが気に入らないらしく、「素直に、すみません、以後気を付けます、とだけ言えばいいんだ。それにIが何を言ったか知らんが、ムキなることもないだろう。もっと大人になったらどうだ。」などと論点をずらしてきた。さっきからKの後ろでこっちをニヤニヤしながら見ていたIに吐き気を催してきた。これ以上何を言っても無駄と感じたHは、分かりました、とだけ言って事務所を出た。
店長のJは戻ってきたHに駆け寄り、「どうだった、何か言われたか?」と動揺したように聞いてきた。そもそもJがIの言動の問題にきちんと対処してくれていれば、私が呼び出されることはなかったわけで、何を今さら、という気持ちで「別に何もありません」とは答えた。Jはほっとしたように表情を緩めると、「実は…」とおもむろに話し始めた。「すでに聞いているかもしれないが、SC側の意向で、君にポスターのモデルになってほしいという依頼があるんだけど…」「…えっ、何で私ですか?」「詳しいことは分からないが、モデルは君とIマネジャーらしいんだが…」Hは絶句した。さっき事務所でIのにやけ顔の意味はこれだったのか。また気持ちが悪くなってきた。「それは絶対にお断りです。店長も分かってるじゃないですか。」「それはそうだが、K総支配人の意向とあっては、何とも…」ほんとに何とも頼りない。不信感は募る一方だ。Hはどうあっても応じることはできないことを、強くJに伝えた。
すると後日会社側から、「業務命令に反する行為について」と題する警告書面がHに届いた。そこには、ポスターのモデルを拒否したことだけでなく、店頭で大声を出して業務に支障をきたした、とか、SC側の担当者への失礼な態度云々などに至っては、これは間違いなくK総支配人が会社に対して、いつもの調子で威圧的に私の処分を迫ったのだろう、とHは察した。この大型SCでのテナント売り上げを無視できない会社は、店長のJを伴って、HがKに謝罪するよう指示をしたらしい。Hは、謝罪すべきはIやKであり、なんで自分が、何に対して謝罪しろというのか、この理不尽な指示に対する腹立たしい気持ちを抑えきれなくなった。
Hはこの日以降、体調不良を理由に欠勤し、結局そのまま退職した。しかし、これでは会社の思うつぼではなかったのか、そう思うと居ても立ってもいられなくなった。すでに関係のない会社だ。何かの時に、とメモしておいた日々の勤務時間とタイムカードのコピーが役に立つ日が来た。Hは会社に対して、過去二年分にさかのぼる未払い残業代数百万円を請求した。