【人事労務のリスク管理メモ】1月号アップしました
【今月のストーリー】
●突然のリーダー交代劇
技術研究を専門に行う業務に従事するEさんは、この仕事に就いて10年目の中堅社員で、大きなプロジェクトも任されることもある実力者。昨年春から大きなプロジェクトのリーダーとして、会社の期待を集めていた。
ところがプロジェクト終了間際になって、いきなりリーダーを下ろされ、後任のリーダーは、所属部署の上司Sが据えられた。プロジェクトも無事完了の目途が付いていたし、クライアントからも高い評価と期待をかけられていたにもかかわらず、なぜこのタイミングでリーダーを下ろされたのか、見当がつかなかった。
Eさんはプロジェクトを総括する技術部長に対して、その理由の説明を強く求めたところ、後日説明するので日時を指定して会議室に呼ばれた。会議室には、部長のほか、人事関係の役員らも同席していて、Eさんを威圧する雰囲気が満ちていた。
Eさんはリーダー交替の理由を問うと、部長らは「それを聞いてどうするつもりだ。これは君の名誉のために行ったことだ。」などと言われたため、なおさらその理由に不信感を持った。理由なく理不尽な人事を行うことは認められない。Eさんは強く理由の説明を要求した。
すると部長はしぶしぶ次のように話した。「プロジェクトの大きな欠陥が見つかり、それを君の上司のSが速やかに処理したのだ。本来であれば懲戒処分だろうが、君のこれまでの実績を考慮して、リーダー交替という人事措置で済ませたのだ。」と恩着せがましく答えた。
Eさんは、その大きな欠陥とは何か、説明を求めたが、それは会社の機密事項でもあり、説明はできない、の一点張りでお話にならない。そもそもこのプロジェクトについて、誰よりも一番よく分かっている自分が気が付かなかった欠陥とは何なのか、そして、このプロジェクトの技術分野には門外漢であるSが、欠陥を見つけ処理したという点も腑に落ちない。
Eさんは、意を決して上司のSにこの点を確認したが、部長が説明できないものを自分が説明できるわけがない、と突っぱねた。Eさんはこれまでの経緯を考えても、どうしても納得をすることができなかった。
●退職を意図した嫌がらせ研修
その後Eさんは、プロジェクトにかかわることは無く、所属部署の通常業務を淡々と履行していた。
ところが年末になり、部長から、年明け早々技術研修を集中的に行うことを告げられた。これまでEさんは年間の業務の大半をプロジェクトに関わってきたのに、前回のプロジェクトのリーダーを外されてから、全くプロジェクトに関わらないことも異例だった。その上、今度は通常の業務からも外され、研修を受けろという命令に、Eさんは胸騒ぎを感じた。
研修を受けること自体はやぶさかではないが、問題はその研修内容にある。しかしその内容を部長に尋ねても、「技術研修だ」としか答えてくれない。
後日研修参加者が概ね判明したが、部署はバラバラで、技術研修とはいうものの、営業や総務といった事務系の部署からも参加者がある。どう考えてもおかしい。よく巷間聞こえてくる、理不尽な研修を強制して退職を促す、というものではないか…Eさんは疑心暗鬼に陥っていたが、それが現実のものとして直面するのに時間はかからなかった。
研修の内容といえば、自己啓発に関する本を読み、感想を書くなど、業務とは全く直接関係のないものだった。そのためEさんは、当たり障りない感想に加えて、なぜこんな意味のない研修をするのか理解できない旨を書いた。すると案の定、研修講師からは仕事に対する基本的な姿勢ができていないとか、素直でない人間は会社に害を及ぼす人材だ、などと暴言を繰り返した。これでは間違いなく研修の評価は最悪だ。
個人的なことにまであからさまに揶揄したり、これまでのキャリアをすべて否定するかのような嫌がらせ研修に耐えたEさんを待っていたのは、営業課への配属だった。
●営業への配転が転落のはじまり
営業の経験など全くないEさんだったが、熱心な営業姿勢がクライアントの信頼を得ることで、いくつかの実績を上げ始めた。そこで上司である営業課の課長は、できるEを見込んで、自主的に目標を設定させることとした。
課長から能力の高さをほめちぎられていたことから、自信を強めていたEさんは、やる気を見せ、また課長の期待に応えようと、自分でもやや高めかなと思われるような目標を、課長の後押しもあって、あえて設定した。ここで高い評価が得られれば、また自分の専門分野である技術部へ戻れると思ったからだ。
ところがやはり目標の達成は困難で、結果として課長に迷惑をかけることになってしまった。課長の対応は一変し、次の四半期でも実績が上がらなければ降格だとほのめかされた。
あせったEさんは、日々の営業活動も空回り気味で、思い通りの実績を上げることができなかった。この結果、Eさんは係長から主任に降格させられ、給料も減額を免れなかった。
その後も成績に芳しい結果を残せず、今年二回目の降格となった。つまり平社員になってしまった。その挙句、事実上営業の業務からも外され、いわゆる仕事外しという状況に置かれてしまった。
●会社の弱点を突け!
今の状況が明らかにおかしいと感じたEさんは、まずは今の仕事外しの状態からの解放を求めることにした。直接人事に改善措置を求めたが、これは営業の裁量だからと取り合ってくれないため、労働局の「助言・指導」という制度を活用して、会社に働きかけた。すると、まもなく仕事外しは解消され、降格も取り消されて主任の地位に戻った。
といっても、部下がいるわけでもなく、営業活動するわけでもなく、一日中資料整理と開拓リスト作りを命じられた。こうした状況の改善(?)に決して満足ではないが、会社が対応を変えた、という事実はEさんに大きな自信となった。しかも、今回は求めてもいない降格を取り消したことは、会社に不利となる状況が生まれていることを察した。
そもそも昨年プロジェクトリーダーから外されたことも、事実関係は曖昧なままだ。今日に至るおかしな状況はこれがスタートになっている。ここからの経緯をきちんと整理することで、本当の問題解決につながることをEさんは直感した。
そこでEさんはあえて、二年前のプロジェクトリーダーの交代の理由を改めて技術部長に説明を求めたが、「そんな昔のことは忘れた」「そもそもお前がリーダー交代の打診に同意したんじゃないか」などと言い始めた。はらわたの煮えくり返る感情を押し殺し、Eさんは続けて、なぜその後は一切のプロジェクトから外したのか、そして嫌がらせ研修を受講命令は何なのか、営業課への配転は明らかにおかしいのではないか、と畳みかけると、部長は、それは人事の問題で俺は知らない、もう勘弁してくれ、と逃げるようにその場を去った。
●会社は逃げの一手
Eさんは、解決手段の選択に悩んでいたが、できればこの会社で引き続き仕事をしたいという意向もあり、穏便な話し合いでの解決を選んだ。
Eさんは、とにかく事実関係を明らかにしたい、そこから自ずから解決の方向性が見えると考えたが、会社は事実関係を一切明らかにしたくないらしい。Eさんの希望は技術部への復帰だが、会社はそれに応じられないという。しかし、その代わり、当時の職位である係長の地位と賃金を保障し、降格によって失った賃金相当額を支払うという。そして代わりに、今後はこの問題を不問に付し、営業で引き続き頑張ってほしい、とのことだった。
Eさんはこの和解案に同意すべきか迷っている。
この事例については、「退職勧奨トラブルの回避には何が必要か」も併せてご覧ください。