【人事労務のリスク管理メモ】11月号アップしました
【今回のストーリー】
●私の時計は電波時計だから、絶対に正しい!
Aは入社五年目の中堅社員。入社以来同じ職場で、同じ業務に携わっているので、業務の内容については一通り把握しているという自負もある。それまでお世話になっていた上司が異動になり、新しく上司として配属されたBはいわくつきの人物だったので、Aの気持ちも憂鬱だった。
上司のBは、自分が中心でないと気に入らないタイプで、まわりからもおだてられていたい、という願望が強い。「私はこの職場を、社内でもっとも会社に貢献できる職場に改革をしたいと思います」「社内で一番明るい職場にします」自己紹介のお題目は立派だが、何をしたいのか、さっぱりわからない。それでもごあいさつ程度の拍手が職場内に響くとご満悦で、その後は何をするでもなく、そそくさとどこかへ行ってしまう。
「残業時間を減らしましょう」
「今日はノー残業デーです」
そんな事、初めて聞いたし…他部署の同僚に尋ねると、
「へぇー!?なにそれ?」
という反応。これはやはりBの勝手な気まぐれか?いつでも無責任なことを言っては、姿をくらますだけで何もしない上司のB。職場の業務の一つも覚えて、仕事が早く終わるように、少しは現場の仕事をしろよ!…そんな気持ちはAだけではない。
「今日からは、この業務プロセスが無駄ですので、省略しましょう」
えっ…!?こいつ、実は業務内容を何もわかってないな…そんなことをしたら、どうなるのか、Bが理解しているとはとても思えなかったAは、我慢しきれず、上司のBに対して、
「それは業務マニュアルに反すると思いますが…」
と苦言を呈した。
するとBは苦虫を噛み潰したような顔で、Aをじろりとににらみつけると、
「なんでもマニュアル通りでは、進歩がないというものだよ、常に工夫、改善の意識が必要だ」
などと威厳を保つのに精いっぱいの反論をしたが、職場の同僚たちからは失笑を買っていた。マニュアルすらまともに確認していないのだろうことは、容易に分かる。同僚の間では、うわべだけの薄っぺらな威厳を振り回すので、「ウワベ課長」と揶揄していた。
Aに反論されたことがよほど気に障ったのか、それ以来業務に関することは、意識的に深入りしない様にしているらしいことが伺えたが、今度は逆に、どうでもいいようなことについて、難癖をつけてくるようになった。それもAを狙い撃ちにしている。業務日報に誤字があるとか、句読点の使い方がおかしいとか、椅子に座るときは背もたれにもたれかかるな、マナーモードのバイブレーションが耳障りだとか、
「だから、何?」
と言いたくなるようなものばかりだ。
Aも相当にストレスを感じていたが、さすがに我慢の限界だったのだろう。めずらしくAが遅刻ギリギリでタイムカードを押して席に着くと、上司のBから
「今のは遅刻だ」
といわれたことにカチンと来た。
「タイムカードは二分前です。遅刻ではありません。」
「いや、遅刻だ」
「タイムカードが間違っているとでもいうんですか」
「君がタイムカードを押したのは、始業開始時刻を一分すぎていた」
「…意味がわかりませんが…?」
「タイムカードの時刻は三分遅れている」
「はぁ…!?どういうことですか?」
「私の時計は電波時計だから、絶対に正しい。」
「プッ…」
思わず私は吹き出した。この人は大丈夫だろうか。しかしこのまま遅刻扱いになるなど、Aには到底納得ができなかったので、総務部長に不満を漏らした。
「タイムカードが間違っているっていうんです」
「Bが…ふーん…」
「ふーん、じゃないんですけど」
「君のBに対する不満はそれだけじゃないだろ?」
「えっ…あっ、そうなんです。仕事しないで、偉そうに訳の分からないことばかり…」
「あはは、君も言うねぇ…まぁ、ある意味、その通りなんだけどね」
「そんなこと、認めてもらっても困るんですけど」
「まぁ、大目に見てやってよ」
「大目にって、上司ですよ、Bは」
「そうなんだけど…ここだけの話ね、つまり、幼稚なのよ」
確かにその通り、と相槌を打ちかけたが、Aはぐっと押しとどまった。
「結局、みんなに構ってほしいから、いろんなことを言うんだけど、でも、他意はないの」
「構ってほしい…?」
「そう、構ってほしいのよ」
「…でも、どうすればいいんですか?」
「まぁ、適当に相槌さえ打っておけば、ごきげんだから」
「この間、マニュアル通りじゃダメだって…」
「でも、マニュアルの中身は何もわかっていない、じゃないの?」
「そ、その通りです…」
「これからも、マニュアルに従って業務をすすめてください」
「…それでいいんですか…?」
「だって、あのマニュアルと違うことをしたら、絶対まずいでしょ」
「そうなんですけど…そういうことなんですか?」
「そういうことなんです。そういう人なんです。別に悪い人じゃないんだけどね…」
よく使う言葉だ。あの人は悪い人じゃないんだけど…。これ、本当の意味は、悪いことをしても、自分では悪いことをしていると自覚ができない人、ということだろう。Bは自覚がないんだ。総務部長と話をして、何か吹っ切れたような、少し大人になったような気分のAは、職場に戻ると、珍しく自席にいる上司のBに、思わす微笑みかけた。Bはぎょっとした様子だったが、無理に平静を装っているようだった。そこでAは、
「課長の電波時計は、今何時ですか?」
と問いかけた。同僚の何人かが、いきなり吹き出した。Bは照れ隠しの咳ばらいを一つすると、得意げに電波時計の時刻を読み上げた。
それ以来、上司のBが訳の分からないことを言っても、素知らぬ顔で頷いているAが居た。あれっ、と感じた同僚が、Aに
「どうしたの?」
と尋ねると、Aは
「ウワベ課長は、電波時計だから」
と笑って答えた。それを聞いた同僚も
「そうだね」
と、笑ってなずいた。
●支店長の深謀遠慮
名うてのセクハラ、パワハラ上司のCが、またパートを相手に職場で公然とセクハラ発言を連発している。
「胸、大きいよね」
「D君は童貞だな」
「Eには子供ができないらしいが、俺が子作りの方法を教えようか」
聞いている方がムカムカしてくる。誰も何も言わないのだろうか、あるいは相手がパートだから、と勝手にタガを緩めているのか。
日常的に職場で不愉快な気分にさせられる言動に心を痛めていたFは、人事考課のフィードバックで、思い切って上司のCに、セクハラ発言が度を超えていること、聞いている自分の気分が悪くなるので止めて欲しい、と求めた。しかしCは全く意に介さないようだった。逆にFに対して、
「ホントは男が欲しかったんだよ。でもFは男っぽいから、いっか」
などと言う。Cの頭の中には、セクハラという言葉はないらしい。
しかし、Fが苦言を呈したことは、間違いなくCは理解した。その翌日から、CのFに対する風当たりが強くなったからだ。職場での会話一つとっても、
「俺にとってFが気に入らなくなったら、どこでも異動させるし、クビにもするから」
「別の会社の方が、君にはあってるんじゃない」
などと、あからさまな退職勧奨を思わせる発言を繰り返す。命じられる仕事も、雑用や、他の同僚たちと関わらないような業務を意図的に与えられているように感じる。Fは、明らかに孤立させられているのでは、と感じるようになった。
さすがに精神的にもきつくなり。眠れないことが多くなってきた。精神科に受診すると、適応障害と診断されたことから、Fは意を決して、G支店長に上司のCの退職勧奨と仕事外しの問題の解決を求めた。G支店長は、普段から
「何かあれば、言って」
と言われていたこともあり、まずはGに話そうと思ったからだ。それに、ずいぶん以前から、上司のCとGは、因縁の間柄と言われている。きっとお互いに脛に傷を持つ関係でもあるのだろう。そんなことはFにとってもどうでもよかったが、もしかしたら、力になってくれるかもしれない…そんな気持ちだった。
G支店長は深くうなずきながらFの話を聞いていたが、Fから解決を求められると、よく検討して対応するから、と回答した。
G支店長の回答に、問題解決への淡い期待を抱いていたが、その期待は、間もなく見事に裏切られた。それから一週間ほどたったある日、支店長に呼び出され会議室に入ると、そこには上司のCと支店長のGがいて、腕組みをして渋面を作っている。口を開いたのは上司のCだった。
「お前は俺のことを支店長に、セクハラだの、パワハラだのと、あることないこと、ずいぶんと好き勝手ことを言ってくれたようだな。何か俺に含むところでもあるのか、言いたいことがあるなら言ってみろ」
「これまでにも、何度もお話していることです。覚えてないんですか」
「何ぃ!!俺に向かって言いがかりかっ!」
「私は事実を告げているだけです」
「事実だと?」
「事実です!」
「よし、それなら、いつ、どこで、俺が何と言った、録音でもあるのか、だれか証言でもするのか、それができないなら、それは俺に対する侮辱だ。どうなんだ。」
「・・・」
「なんだ、黙ったままで。何の証拠もなく、俺を貶めようとしているのか?けしからんやつだ。だがそう言われるのも、俺の不徳の致すところだ。この件については大目に見てやろう。」
何でふてぶてしいやつだ。何が大目に見てやろう、だ。こっちが黙っていれば…まさによく吠える犬状態だ。それにしても、支店長も支店長だ。素知らぬ顔で平然と座っているだけなんて、許せない。そんな気持ちでG支店長を睨みつけたが、すっと目をそらし、明後日の方を向いたままだ。ふざけやがって…そんな気持ちを知ってか知らずか、上司のCがFの目の前に、一枚の紙を差し出した。
「こっちにも言いたいことがある。これが何かわかるか」
「・・・」
「これはお前がこれまでに仕事でやらかしたミスの一覧表だ。いったいどれだけミスってるのか、自分で分かってるのか」
そこには数年前からのミスについて、日付まで記載されたもので、身に覚えのあるもの、ないもの、中には、電話を取り次ぐ際に、取引先の担当者の名前を間違えた、とか、休憩室に常備するお茶の銘柄を間違えて購入した、とか、なんでこんなことが…?と思われるようなことまで書かれていた。第一、こんな指摘をされたことも今日が初めてだ。Fは思わず絶句した。
「今日のところは、まずは一回目の警告だ。次回があれば、懲戒解雇だから、覚悟しておくように」
とだけ言いうと、上司のCも支店長のGも、そそくさと会議室から出て行った。残されたFは呆然としていた。懲戒解雇って、お茶を間違えたことが懲戒解雇になるの!?いったい何が起こったのか。今の状況を冷静に判断することができなかった。そのあと、どうやって帰宅したのかも覚えていなかった。
一方、したり顔の上司のCと、G支店長は、いつもの居酒屋で密談中だ。
「セクハラもパワハラも、ほんとにすべてなかったこととしろというのか?」
「当然でしょう支店長。あの程度でセクハラだのパワハラだの、グダグダ言われるようじゃ、仕事になんか、なりませんよ」
「あの程度って、どの程度なんだ?」
「あのこざかしいFが言っていた程度ですよ」
「それじゃあ、Fの指摘は、事実ということか」
「もう、そんなこと、どうでもいいでしょう、ま、一杯」
「このままで済むとは思えんな」
「ほう、それはどういうことで…」
「事実であるとすれば、何かあれば、会社も無傷ではいられまい」
「ずいぶんと弱気な…で、今後どうすると…」
「懲戒解雇とは、さすがに勇み足だった」
「懲戒解雇とは言っていない。懲戒解雇になるかもしれないと…」
「同じことだ」
「そうでしょうか?」
「もし、今日の会議室での会話を、Fに録音されていたとしたら、どうする?」
「問題となるようなことは何も言っていないですよ」
「セクハラ、パワハラ申告をされた上司が、逆恨みの脅し、恫喝、懲戒解雇をほのめかして…」
「止めてくださいよ。人聞きの悪い。どうせFは、明日から出てこなくなるでしょう。それでいいんです」
「・・・」
「もう終わりにしましょう。Fのメンタルに乾杯」
ここでG支店長は、胸ポケットに忍ばせていたレコーダーのスイッチを切った。これでCは終わりだ。Gは一人ほくそ笑んだ。