【人事労務のリスク管理メモ】10月号アップしました

【今回のストーリー】

●お前、何やっているんだ、ふざけるな、このぉ~□△#%$?○…@!!

課長がまた喚いている。興奮しすぎて何を言っているのか分からなくなるのは、毎度のこと。すごい形相で、臭いしぶきをまき散らす。勝手の分かっている同僚たちは、あからさまに避難をするから、課長は余計に興奮する。どうしていいかわからない新人スタッフは、まともにそのしぶきの洗礼を受け、泣きそうになりながらトイレに駆け込むことになる。もう何人の新入社員が辞めただろう。
Aは何とかその臭いしぶきの洗礼にも耐え、それなりに仕事をこなして2年目になる。でも職場がこんな調子なので、Aがスタッフの最年少のまま、雑用とか、面倒な仕事とか、そいうう貧乏くじは大抵Aが引くことになる。課長もAには一番言い易いのだろう。そんな状態の繰り返しだから、通常業務に加えて、Aの仕事は増える一方で、残業時間も突出して多かった。最近では休日出勤も珍しくなくなり、Aは「何故私だけが」という思いだけが募っていった。
「課長だって、ほかの同僚だって、こんなに残業してないのに、何で私だけ…」しかもそれが当たり前のようになっている。「いつも稼ぐねぇ」などと言われれば、やっかみとも嫌みともつかない他愛無い一言かも知れないけれど、自分だって残業したくてしてるわけじゃないし、本音は「じゃ、手伝って」と言いたいけれど、自分が一番下だし、課長に何を言われるか分からないし、だから結局、今のままで良いか、と思ってしまっている自分に気が付くと、Aはもんもんとした気持ちを抑えきれなくなる。このまま何もしなければ、本当にこれからもずっと、このままなんじゃないのか。
年に二回の人事考課で、私は支店長に思い切って、自分の気持ちを伝えてみた。「上司から指示される業務量が多すぎて、私だけ残業時間が突出してしまっている。」と話してみたが、支店長はにこりともせず黙ってAの話を聞いていただけだった。だからといって、何かをどうしようとか、Aにどうしてほしいのか、とも何も言ってくれなかった。結局何も変わらないんだな、この会社は、とAは思った。
でも支店長は問題を少なからず認識していた。問題の課長の、興奮のスイッチが入ると止まらない暴言、失言、罵倒、侮辱のオンパレード、そしてAに偏った業務配分。支店長は課長に、Aからの話を伝えた。しかし支店長には、その次の言葉が無い。何か問題か、とか、どうしたほうがいい、とか、自分の判断が関わることは何一つ言わない。「Aは、君からの業務指示の負担が大きすぎると言っている。」これだけだった。
それを聞いた課長の顔が紅潮していく。さすがに支店長に対しては、表向きは神妙にしているようだったが、明らかに冷静さを失っている。まともに話ができる状況ではない。もっとも支店長にしても、それ以上の話をするような気持ちはさらさらない。Aの話を伝えさえすれば、自分の責任は果たしたと思っているらしい。お互い、いい勝負、どっちもどっちだ。
翌日、そのような経緯を全く知る由もないAは、案の定、課長から臭いしぶきをこれでもかというほど浴びることになった。
「貴様は支店長に何を言った?こんなに仕事を手間暇かけて教えてやろうってぇのに、やる気がねぇなら結構だ。もう金輪際仕事はするな。これ以上舐めたマネするんじゃねぇぞ、ふざけんなよ、このやろう~□△#%$?○…@!!」
Aはさすがに逃げる訳にはいかず、これでもかと言うほど臭いしぶきを浴びていた。手間をかけて仕事を教えた…!?冗談じゃない。かけられたのは臭いしぶきだけだ。Aはさすがに気持ちが悪くなり、そのまま早退した。
翌日からAの仕事は無くなった。通常業務も一切するな、とは課長の指示。端末の前でボーっとしていろと言うのか。かかってきた電話にも「Aは取るな!!」と間髪入れずに課長が叫ぶ。同僚の先輩たちからも、あからさまに「あんたのおかげで…」という目でにらみつけられる。Aは針の筵だった。「私が何をしたっていうの…」お昼休みを待たずに、Aは職場を離れ、本社人事にに直接向かった。
「仕事を全くさせてもらえません」
「らしいね。支店長から話は聞いているよ」
「えっ…」
「あの支店長は、何も見てないようで、実はしっかり見てる。でも、ただそれだけ。」
「それだけ、って…」
「あれは事なかれ主義の塊だから。あの支店長とあの課長のコンビじゃ、誰だってやりにくいだろう。ボケと突っ込みの漫才コンビだよ。と言っても支店長のボケは、ボケっとしているだけのボケだけど、ハハハ…」
「…他人事みたいですね…」
「ハハハ、失敬、失敬。で、どうする?」
「ど、どうするって言われても…」
「このまま戻っても、何もすることは無いだろう」
「だから、何とかして欲しい、って言ってるんです」
「何とかして欲しいって言われてもねぇ」
「どいうことですか?」
「とりあえず、休職する?」
「何で休職なんですか?私は仕事をさせてもらえないんです」
「だから、ほとぼりが冷めるまで、とりあえず休職したら、と」
「はぁ…原因は会社にあるんですよ」
「自分で蒔いた種じゃない?」
「支店長に、何とかして欲しいって言ったことが原因だっていうですか?」
「言わなければ、こんな問題は起きなかっただろ」
「それじゃ、私がどんなに過重労働でも、黙って我慢してろと?」
「過重労働!?オーバーだな。君の残業時間は百時間も超えてないよ」
「だから何も問題がないとでもいうんですか?」
「本社のスタッフなんて、みんな君くらい残業してるよ」
「課長が私にだけに偏った業務配分をすることは、問題がないと?」
「課長なりの考えがあったんじゃないの?」
「課長には問題がない、と言うんですね?」
「人間は神様じゃない。完璧な人間なんていない」
「そんなことを聞いてるんじゃないんです。じゃ、私に対する仕事外しはどうなんですか?」
「どうなんですか、とは?」
「だから…、人事として、仕事外しには問題がないという解釈なんですか?」
「仕事外しは問題です」
「じゃあ、何とかしてください」
「何とかして、って言われてもね…」
「今、仕事外しが問題だって言ったじゃないですか」
「仕事外しは問題だが、あなたの状況が仕事外しかどうか…」
「…はぁ…私は課長に何もするなって言われてるんですよ。これが仕事外しじゃなくて、なんなんですか?」
「だって、原因はあなた自身にあるでしょ」
Aは冷静さを保つのに精いっぱいだった。なんて人を食った人事だ。これ以上話をしても埒が明かない。そう思ったAは最後に一言だけ絞り出した。
「つまり、会社では、この問題について、何もするつもりがないんですね?」
「そうはいっていない」
「今までのやり取りで、会社の姿勢がよく分かりました。貴重なお時間を失礼しました」
とだけ言いうと、Aは本社を後にした。人事とのやりとりはことのほか明瞭に録音ができていた。Aは事実関係を書面にすると、労働局の解決制度である、助言指導の申出をした。
しかし、その後もAの置かれた状況は全く変わらない。何もすることの無い職場で、いたたまれず早退、欠勤をすれば、賃金に影響する。でも、ここであきらめたら、ここまで自分が何をしてきたのか分からないし、まさに会社の思うつぼだと思った。なによりも、人を食ったような対応の人事に一泡吹かせるまでは、絶対にやめられない。Aは決意した。
そんな折、社長が就職合同説明会で、誇らしげに話をしていた。
「当社は人を大切にする会社です。これまで社員の解雇はもちろん、退職勧奨すらしたことがありません。それは社員の自主性を百パーセント尊重しているからです。当社にはあなたの能力を活かす仕事が必ずあります。ご自分の意思で、職業人生を自ら選択する。それができるのか当社の強みです」
社員の自主性を勘違いした結果が、言いたい放題の課長と事なかれ主義の支店長、そして保身と人を食った対応しかできない人事を温存している結果になっていることを、そして今日も、そんな会社に嫌気がさした有能な社員がまた一人、また一人と、自発的に辞めている事実を、社長は理解しているのだろうか。

●ラインIDが上司に漏れている!?

Bの職場に、半年ほど前に異動してきた上司Cは、本社からの評価が高いとのうわさだったが、実際に一緒に働いてみると、これがとんでもない二枚舌の持ち主だった。部下に対しては感情的にダメ社員のレッテルを張るようなことばかり言っているのに、本社からのスタッフが来ているときは、まるで手のひらを消したように借りてきた猫状態で、おとなしい。聞いていて恥ずかしくなるような、歯の浮くようなことを平気で連発する。さすがに本社スタッフも苦笑しているが、これで評価が高いって、どういうことだろう。何かの間違いじゃないかとBは思った。
そして本社スタッフが返ってしまうと、上司のCは豹変する。Bの行動に対して「最低な奴」「ダメ社員」「気持ち悪くて同じ空気が吸えない」「お前を見ると気持ちが悪くなる」「やっぱり辞めてもらうしかないな」…嫌悪感情丸出しの発言を繰り返す。
さすがに度を超えている、と感じたBの同僚たちは、これはパワハラではないか、その上の上司か、あるいは人事やコンプライアンスの窓口に解決を求めるべきではないかと話し合った。「でも証拠がないと、取り合ってくれないんじゃない」「それじゃ録音か…みんなでの出来るだけ暴言を録音するようにしよう」と、スマホやボイスレコーダーなどを持ち寄って、上司Cの暴言を録音しようということになった。
ところが、翌日になってみると、上司は昨日とは打って変わって、何も話さない。挨拶に対しても、ただらみ返すだけで、一言も発しない。
「何かおかしい…」
「昨日の話が漏れてるのかな」
「もしかしたら、こっそり聞かれてたのかも」
「職場で話すのは不用心だね」
「じゃあ、これからはLINEで」
ということになった。
ネット上の書き込みは、私たちを大胆にする魔力がある。やり取りの中心的な話題は、もちろん上司Cの嫌がらせだ。
「この間、一言しゃべったよ」
「ホント?」
「お前、最低だな、って言った後で、しまったって顔してた」
「録音した?」
「もちろん」
「やったね」
「ホントにCはバカだな」
「あ、Cの発言がうつった」
「早く異動すればいいのに」
「異動してきたばかりだからね」
「この問題を本社に話したら、Cはどんな顔するかな」
「でも本社でも、本当は知ってるんじゃない。前の職場で問題起こしたから、ここに飛ばされて来た、とか」
「私たち、いい迷惑じゃん」
「せめてこの場だけでも、発散できるようにしようよ」
「そうだね、ストレス吐き出さないと、持たないよね」
他愛ないやり取りは尽きない。
すると翌日、上司Cから、
「ネット上での誹謗中傷は犯罪です」
などとする訳の分からない一斉メールが送られてきた。その内容をみると、どうやらLINEでのやり取りを見ているように思えてならなくなった。おかしい、同僚の中にCの同調者がいる、とBは確信した。録音の件にしても、ネットでの書き込みにしても、話の内容をそもまま伝えているのではないか…
一緒になってCの批判や愚痴をこぼしながら、あたかもみんなと同一歩調を取っているように見せかけて、実はCのスパイがいる。疑心暗鬼になったBは、LINEへの書き込みが全くできなくなってしまった。その後、なんとなく同僚間でのコミュニケーションが途絶えてしまった。
そう思っていたのはBだけだった。「Bは脇が甘いね。」B以外の同僚は、別のLINEグループでこそこそやっている。そこには上司のCまで加わっていた。
周囲の状況に不自然なものを感じたBは、同僚らの妙によそよそしい対応から、もしかすると自分一人だけが孤立しているのではないかという思いに駆られるようになってきた。いやそんなことはない、と自らを否定してみても、不安感が波にように襲ってくる。いたたまれなくなったBは、間もなく自発的に離職する選択肢を選んだ。
いま、残った同僚たちにとって、あらたな疑心暗鬼に悩まされている。次のターゲットは自分かも知れない…