【人事労務のリスク管理メモ】7月号アップしました

【今回のストーリー】

「いじられキャラの部下」

…なかなか職場になじめない新入社員Aへの対応を考えていた上司のBは、Aがいじられキャラであることを知って…

「パワハラの解決を求めたら」

…上司Dの陰湿なパワハラに業を煮やした部下のCは人事部長のEに解決を持ち掛けるが、なぜか翌日にDから「俺のことを人事にチクった大バカ者がいる」と朝礼で豪語されてしまう。加えて、Dの肩を持つEは、あの手この手でCを追い込もうとするが…

●いじられキャラの部下

新入社員Aは、入社数か月が経過する今になっても職場になかなかなじめない様子で、特に休憩時間中は、一人自席でぼんやりしていることが多い。そんな様子に気を留めていたAの上司Bは、なんとか職場に溶け込めないか考えていた。こんな様子に職場の同僚たちもどうすればいいのか戸惑いながらも、たわいない話かけをしてみたり、冗談半分でちょっかいを出したりと、やはり気になるようだ。
そんな中、Bはあることに気が付く。Aはちょっかいを出されると、案外嬉しそうにしているように見える。隣の同僚から「Aくんって、Мなんじゃない」と言われたAもまんざらじゃない様子。これだ、と思った上司のBはAに、「A君って、いじられキャラ?」と聞くと、嬉しそうに「そうです、へへへ…」と答えるので、「じゃあ、職場の中でみんなとなじめるように、適当にいじめてもいい?」と聞くと、こくんと頷いた。Bは早速Aをいじめることにした。
あほのA、間抜けのA、のろまのA…調子に乗った同僚たちも、喜んで同調しているようにも見える。いじめはさらにエスカレート、じゃんけんに負けたAは同僚全員にジュースを奢れ、遅刻の連絡が遅れたことに対して、全員の前で土下座させる、Aのスマホを隠す、財布を隠す…そんな中でもAは相変わらずヘラヘラしている。
こんな様子に上司のBは、Aも多少は打ち解けたか、と思っていたらしい。しかし状況を冷静に見れば、Aは同僚らとのコミュニケーションがとれている訳では全くなく、一方的にいじめられているだけだ。もっとも、いじめられるときが同僚らと唯一直接かかわる時間だったのかもしれない。
そんな状況が一月ほど続いたある日のこと、上司のBは人事に呼び出され、Aに対するパワハラを咎められた。こともあろうに上司であるB自身が同僚らにパワハラを煽っているなど、何を考えているのだ、と相当絞られてしまった。確かにいじめは事実だし、否定はできないが、Bとしては、Aの承諾を得ているのに、という納得のできない気持ちがあったので、Aに直接聞いてみた。
「もう止めようか」
「いえ、あ、その、どっちでもいいです」
「本当は嫌だった?」
「それは…」
「だから人事に相談した?」
「そ、相談なんて、し、し、してません」
Aは体をぶるぶると振るわせている。Bにとってはどうでもいい話だったが、つい聞いてしまった後で、後悔した。どちらにしてもいじめは終わりなのに、Aを怯えさても何も得るものは無いのに、とはあとから思ったこと。今回のAに対する一連のいじめについても、自分の浅はかさを恥じて、自責の念に駆られていた。どうもBにはこういう癖があるらしい。
ところが、話はこれだけで終わらなかった。後日再びBは人事に呼び出されると、おもむろに書面を渡された。一枚は、人事異動の辞令、後の三枚は、いじめの事実関係が詳細に書かれた報告書であり、いずれも署名を求められている。事の大きさにあらためて呆然とするBに向かって、人事部長が口を開いた。
「全く反省が見られないな」
「えっ、いや、もう十分反省しております」
「いや、全く反省していない。私が君のAに対するいじめを咎めた直後に、Aに対して、何故人事に相談したんだ、と脅していたらしいじゃないか」
「そ、それは誤解…」
「まぁ、問題がここに至っては、君も反論のしようがないだろう。素直に署名することじゃないのか」
と言われ、Bは問題があらぬ方向に向かうことに、戦慄すら感じていた。
「懲罰人事ということですね」
「そう受け取ってもらって構わない」
「そうですか…」
Bは職場に戻ると、淡々と課長の席を片付けた。Aは今にも泣きそうな顔になっている。「みんな、今までありがとう」とだけ言うと、Bは重い足取りで職場から出て行った。その後ろ姿を見つめるAの同僚たちも、複雑な思いだった。
自分たちも同罪なのに、Bだけがその十字架を差負わされる結果になったこと、そして、その結果を導いたのは、他ならぬ自分たちだったのだから。

●パワハラの解決を求めたら…

Cは上司Dの陰湿な嫌がらせに辟易していた。年休取得を求めれば「給料泥棒」「常識が無い」、仕事上のミスでもしようものなら、「今ミスしたよね、ミスしたよね」をいつまでも連発する。「あそこに無能が座っている」「座ってるだけで何を考えてるのかねぇ」座ってるだけで何もしないのはお前だろ、ついのど元まで出かかったものを、Cは無理やり押し込んだ。さすがに腹に据えかねるので、上司のミスを指摘したら、「この仕事、次からお前やれ」と帰ってしまう。最近では嫌がらせも面倒になったのか、ただ無視するだけで、仕事に支障がでるので困るから止めて欲しい、と強く言うと、「いやいや、最近目と耳が悪くなってねぇ」などと真顔でとぼけている。
我慢をしているとこちらがおかしくなると思ったCは、思い切って人事に対して、Dの普段の言動や、タイムカードを押してから残業しろと命じたり、「お前に休憩時間はいらない」などの言動はの労基法違反であるとする内容を、つぶさに書面にしたためて、改善を求めた。
人事はきちんと対応するのか、半信半疑だったが、多少はお灸になればいい程度に思っていたCだった。
ところが、翌日出社すると、Dはすごい形相でCをにらみつけると、おもむろに朝礼を始めた。Dが持っているのは、なんと昨日Cが人事部長のEに渡した、Dの問題行動を指摘した報告書だった。これを職場の全員に配り終わると、Dは感情的にまくしたてた。
「この中に俺のことを人事にチクッた大ばか者がいる。といっても署名があるからそれが誰かなど言うまでもない。あっはっはっは、馬鹿な奴め。おい、C、舐めたマネをしてると、ただじゃ置かないからな、覚えておけ」「みんなも同じだ、Cみたいなバカなことをするなよ、これからCがどうなるか、よく見ておくんだな」とだけ言うと、Cに向かって、「早く人事部長のところへ行け、お待ちかねだ。へへ…」と不敵な笑い。どうせこんなことだろうと思ったよ。敵も去るもの、Cだってこの程度の恫喝に恐れるような心臓の持ち主ではない。
堂々とE人事部長の前に現れたCは、開口一番「あんたもグルか」口の悪いのもCのお家芸だ。老獪なEはCに対していたって冷静な笑みを向けながらソファに座るよう掌で指示した。
「君は大胆なことをしたね」
「あんたのやってることの方が、よほど大胆だ。自分の立場が分かってるのか、人事部長」
「いやいや、元気のいいこと。それにしても、その口は、なんとかならないかね」
「それは悪うござんしたね、その前に、しっかり謝ってもらいたい」
「へぇ、私が謝る?何を?」
「とぼけるのもいい加減にしろ」
「あの報告書のことか?」
「…馬鹿にしているのか?」
「いや、君には少しここで待っていてもらいたい」Cは置き去りにされたまま、E人事部長は部屋から出て行った。
EはDと話をしていた。
「Cはとんでもない口をきくな」
「そうでしょ、私なんかたじたじですよ」
「そういうウソも私は好きじゃないな」
「そ、そんな…」
「今回は私預りで何とかするが、もし話が外に漏れた場合には、庇いきれんよ。まぁ、やりたい放題もほどほどにするんだな」
朝礼では大きなことを言っていたDも、実は内心では、相当びくついていたらしい。
「では、よしなに」
「うむ」
そそくさとE人事部長はCのところで戻ってくると、しれっと言った。
「いま事実関係を確認していたところだ。それで君にはここに残ってもらっていた」
「それで?」
「君が報告書に書いた事実関係は…」
「すべて認められなかった…って言いたいんでしょ」
「…ん、まぁ、そうだ」
「それで、何が言いたいの?」
「君もメンタル面ではかなり疲れているようだから、これから会社の指定する医師に受診してもらいたいと思っている」
「今度は精神病扱いか?」
「言葉を慎んでもらいたい。人事部長として受診を勧めている」
「いやだと言ったら?」
「受診してもらいたいと思っています」
「思っています!?…この、タヌキ親父が…」
「どうしますか」
「くどいね、あんたも」
「そうですか、ですが今日はたまたま産業医の巡回日なので、面談をしてもらいます」
と言うと、入れ替わりに産業医Fが入ってきた。
なし崩し的に面談という形になってしまい、Cはここでジタバタするのも大人げないし、などと思いつつ、窓から外を眺めながら、空とぼけた返答をしていた。
「最近ストレスを感じますか」
「ストレスだらけ、見ればわかるでしょ、ブラック上司に、ブラック人事部長」
吹き出しそうになるのをこらえならがF産業医は話を続ける。
「仕事は普通にこなせていますか」
「こっちがそのつもりでも、上司がそれをさせないから。先生からも何とか言ってくださいよ。」
これじゃ、立場があべこべだ。Cに引導を渡すなんて、出来る訳がない。Fは部屋を出ると、待ち構えていたEに捕まった。
「先生、首尾はいかに」
「無理無理、休職のきの字すらいえない」
「そんな弱気じゃ困ります」
「そもそも休職の判断をするのは会社ですから、私が判断できるものではありませんので」
「そんな…」
「今日はこのくらいで、いい加減に勘弁してください」
と言うなり、F産業医はそそくさと行ってしまう。
E人事部長は、いずれにしても、CとDを隔離することには大義名分があると自分を納得させ、Cの配転を命じることにした。Fに代わってEが部屋に入ってくると、退屈を通り越して、Cはソファに寝そべっていた。Eに気が付くと、さすがに起き上がったが、大きなあくびと伸びをしてのご挨拶だ。
「それで、どうなるの、人事部長殿」
殿がついたことにちょっと驚いた様子のEだったが、すぐに我に返り、
「今回の問題が起きた以上、Bと君をこのまま同じ職場で、という訳にはいかない」
「ははぁ、そういうことね。結構でしょう。しばらく骨休みをさせてもらいますか」
「私はまだ、何も言っていない」
「言わなくても分かっているよ。配転だろ。」
「そうだ、釧路に行ってもらう」
と思わず口を突いて出た。当初は人事部付きの研修か何かの名目で冷や飯を食わせておくつもりだったが、あまりに人を食ったようなCの態度に、とっさに「釧路」が口を突いて出てしまった。唖然とするC。実はE自身もしまった、と思っていた。
ほどなくCは冷静になっていた。
「網走じゃなくて良かったよ。ところで、これは業務命令なんだよね、それとも内示、どっち?」
「…内示、いや、打診だ」
「打診?、打診って、まだ決まってないってこと?」
「いや、そういう訳じゃないが…」
「もしかして…思い付きで言っちゃった?」
「…いや、…」
「人事部長がしょげてたら、Dに合わせる顔が無いでしょ」
というと、E人事部長は顔を真っ赤にして拳を震わせている。
「なぜ…Dなど…全く関係ない…」
「いいの、いいの、無理しなくたって。じゃ、釧路行きますか、釧路。みんなにラインしとくか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、改めて内示を出す。それまでは内密にすることだ」
「そうしないと…」
「…なに?…」
「冗談ですよ。でも人事部長、この貸しは大きいよ。これで無罪放免ね。」
というと、Cはしたり顔で部屋を出て行った。残されたE人事部長は、どっと疲れを感じて、ソファにへたり込んでしまった。
ほどなくして、人事はCに対して、札幌支店への辞令を交付した。これがDとEにとって、決定的な事態に発展するとは、夢想だにしていなかった。
目の上のCを追い出したDとEを待っていたのは、労基署の調査と、Cの処分に関する不明朗な経緯についての社外監査役の調査だった。