【人事労務のリスク管理メモ】6月号アップしました

【今回のストーリー】

「就業規則に書いてありません!~人事部長が仕掛けた罠」

…就業規則の規定や発言の録音を根拠に業務指示に従おうとしないAに対して手を焼いていた上司のBは、D人事部長に相談した。するとDは「それならAの得意技を逆手に取ればいい」と策をめぐらした…

「私は上司だから」

…「私は上司だから」が口癖のEは、意味不明な言動で職場を混乱させる。たまりかねた同僚の誰かが会社に問題解決を働きかけたことに腹を立て、幼稚な嫌がらせをエスカレートさせ、私のPCのデータを削除してしまったが…

●就業規則に書いてありません!

Aは入社二年目になろうとする社員で、仕事も一通りのことはできるようになってきたので、徐々に責任ある新たな業務にも関わってほしい、とAの上司であるBは思ってはいるが、一歩踏み込めずに悩んでいる。Aはまじめに仕事をするタイプで、安心して任せることはできるのだが、引っかかることが一つある。採用当初の印象は、とても几帳面で、細かいところまで目の届く、いわゆる気が利くタイプかと思っていたが、職場に慣れるにしたがって、細かいことに理屈をつけて自説を通そうとする癖が見え隠れするようになり、苦笑することもしばしばだった。それがあとあと、苦笑と言うよりも苦々しい思いをさせられることになるなど知る由もなかった。
入社から数か月たったある日のこと、Aの教育担当である先輩社員のCに対して、キーの打ち方が前に指導されたことと違うと言い出し、言った、言わないの水掛け論となった。Bは、またAのどうでもいいような指摘が始まったかと苦笑していたが、Aはおもむろにスマホを取り出し、Cの指導時の発言を録音したという音声ファイルを、これみよがしに再生し始めたのには面食らった。このとき上司のBは、Aについて、実は厄介な人材ではないかと感じ始めていた。
入社半年がたち、年休が付与されると、いきなり一週間の休暇の取得を告げてきた。年休の消化自体は何も非難されるものではないが、「残日数を考えならが、計画的に使ったらどうか」などと、ついBは余計な一言を言ってしまった。するとAは、「年休を取るなということですか」と、かみついてきた。そんなことは一言も言っていない。こんな発言もすべて録音されているのでは、などと思うとゾッとした。
また、残業についてもひと悶着があった。残業については業務日報に記載した上で上司の承諾を得ることが慣例となっていたが、残業について日報への記載が欠けている日がいくつかあったことについて指摘すると、Aは「就業規則には、事前の承諾なしに行った残業については、事後承諾を得ること、とだけ規定されていて、日報に書けなどは記載されていない」と言い張るので、では日報に書かずに、いつ私から承諾を得たのか、とBが問うと、Aの十八番の音声ファイルの再生が始まった。Bには記憶が無かったので、それはいつの録音で、どこで録音したのか、そもそも私が承諾した返答が録音されていない、などとやり返そうと思ったが、バカバカしいと思ったBは、思いとどまることにした。
つい最近では、消耗品の購入を頼んだところ、往復で三十分程度の場所にあるホームセンターから二時間近くかかってようやく帰ってきた。何をやっていたんだ、とBが詰問すると、店員の対応が不十分で案内に時間がかかり、こんなに時間がかかってしまったと弁明した。Bは釈然としない気持ちがあったため、Aに状況報告を求めところ、案の定、就業規則には書かれていません、ときた。おまけにBに対して「そういうことは絶対にないと言えますか?」と食って掛かってきた。
食って掛かってきた、といえば、繁忙期のある日の朝、Aから体調不良を理由に休みたいと連絡があったが、作業がタイトだったため、出来れば短時間でもいいから来てほしいことをBが告げると、「出勤を強要するんですか、しかも、そんな単純作業、私の担当業務でもないのに…」と言うので、Bはそれ以上言葉を継げなかった。

●人事部長が仕掛けた罠

仕事に対する姿勢はまじめだが、頻繁でこそないものの、些細なことで同僚ともよくぶつかっているようだ。上司のBは、これからAをどのように処遇すべきか、人事部長のDに相談した。これまでの問題を説明すると、人事部長のDは、「それならAの得意技を逆手にとって懲らしめてやればいい」という。別にBはAを懲らしめようという気持ちは無かったが、Aにも職場の中での自分の言動がどう受け止められているのかを考えさせられる機会にもなるのでは、という思いもあり、Dに指示を仰いだ。
するとDは早速、翌日の出勤時早々にAを呼び出した。
「あなたは出勤に自転車を使っていますね」
「はい」
「ところが通勤手当の申請では、バスの定期券を購入したことになっています。どういうことでしょうか?」
「私だけではないと思います」
「あなたの事実を聞いています。虚偽申請になりますよ」
「何で私だけが…」
「では、具体的に、誰が虚偽申請をしていますか?」
「それは…職場の誰か、誰か必ずいます!」
「では総務で調べさせますが、あなたは虚偽申請を認めますね」
「…」
「どうなんですか?」
「何で私だけが…」
「まぁ、事実ですからね」
「…これは…パワハラです!パワハラです!」
そう言うと、Aは会議室のドアを蹴とばすように出て行った。
数日後、会社社長宛に労働局から出頭要請が書面で届いた。助言指導の申出人はAだ。しかし状況のすべてを飲み込んでいるDは、労働局に出頭し、Aに対する非難を思う存分ぶちまけると、意気揚々と会社に戻ってきた。そんな様子をながめ、憤懣やるかたない表情のAに気が付くと、Bは思わずほくそ笑んだ。
その後まもなく、Dは思い切った人事異動を実行する。Aに対して、資料整理課などと称する部署を新設し、配属を命じた。もちろんA一人だけの職場だ。当然Aは猛反発する。
これは仕事外しだ、隔離部屋だ、助言指導に対する報復だ、退職に追い込もうとするパワハラだ…」大声で喚くAをしり目に、Dは、「会社としての判断で、やむを得ない処遇だ」とだけ言った。
「そんな懲戒処分は就業規則には書かれていません」
「これは配転命令だ。業務上の必要性がある場合に会社は配転命令ができ、社員はこれに従う義務がある」
「そんな必要性はありません」
「必要性の有無を判断するのは会社だ」
「それは横暴です」
「では言おう。君には協調性がない」
「何を根拠にそんなことを…」
「これまでに同僚とも様々なトラブルがあっただろう」
「具体的に挙げてください」
「それは出来ない」
「そんなの無責任です」
「では一つだけ、決定的なことを指摘しよう。君は同僚を裏切るような言動をしている」
「そんな覚えはありません」
というAの答えに、我が意を得たりとDは音声ファイルを再生した。

『では、具体的に、誰が虚偽申請をしていますか?』
『それは…職場の誰か、誰か必ずいます!』

「ひどい…」
「君が普段していることじゃないのか」
「…」
「しかも調べた結果、虚偽申請は君以外に見つからなかった」
「そんなの、絶対うそ…」
「このような状況で、このまま以前の職場に戻す訳にはいかないだろう。まぁ、新しい仕事で心機一転、頑張ってみたらどうだ」
とだけ言うと、黙り込んでいるAを残したまま、Dは会議室を出て行った。
欠勤を続けるAから間もなく退職届が届いた。そこには、一身上の都合、などとは書かれておらず、Dに対する恨みつらみが延々と書かれてあった。その後もAからは、何百万もの慰謝料請求とDの解雇を求める内容証明郵便や、パワハラでうつになったと記載された診断書が送られてきたり、あっせんの申請もしたようだったが、Dは笑って無視するだけだった。
一方で、こんな結末になってしまったことに、Aの上司であったBは、Aを不憫に感じていた。ここまでAを追い込む必要があったのか、Dの対応は正しかったのだろうか…

●私は、上司だから

意味もなく嫌がらせをする上司のEは、何を言っても馬耳東風、役員などの前では調子のいいことばかり言っているので、私は何も言えず、しかも、その嫌がらせも理解不可能なことが多いため、説明に苦労する。
残業は自分のための勉強だからタイムカードを押してからしろ、とか、冬に冷房をかけたり、夏に暖房を入れたり、もう訳が分からないし、ばかばかしくてお話にならない。あきれ気味に、止めて欲しいと言っても、「私は、上司だから」というお決まりの文句。なんでDなんかが上司なんだろう。
「私は、上司だから、私に反抗するヤツはクビ」「私の命令に逆らって休むような奴はクビ」。病み上がりの出勤日に「体調悪い振りしてるんじゃないの、私は、上司だから、だまされない」といってわざわざ長時間の残業を強いられることもあった。
こうした言動を繰り返すEに、パワハラとして会社側に相談があったらしい。これまでの言動を考えれば、別に驚くようなことではないが、さすがに誰かが溜まりかねて、行動に移したのだろう。これをきっかけに多少はEの言動が常識的なレベルに収まれば、と淡い期待を抱いていたが、状況が収まるどころか、翌日出勤すると開口一番「パワハラだと会社にちくったのはお前だろ!」と、唾のしぶきを吐きかけられるような勢いで私に言うので、思わずのけぞるように、後ずさりしながら、「知りません…」と答えるのが精一杯だった。
私に対する嫌がらせはエスカレートしたが、相変わらず訳の分からないことばかりしている。自分のゴミ箱のごみを私のゴミ箱にあふれんばかりに押し込むことは日常茶飯事、報告書の文字が気に入らないと言って、幼児用の漢字ドリルを渡され、明日までに全部やってこいと命じたりなど、あきれてものが言えない。でも一番困るのは、信じられないことだが、私の席のパソコンを勝手にいじってデータを消去したり、移動したりする。止めて欲しいと指摘すると、親切心からフォルダを整理したら消えてしまった、とか、申し送りが不十分だったなどと平然と弁解をする。
ところがたまたま私が出張中に、別の部署の上司Fが私の使うパソコンで業務の作業をしたものを、なんとEが削除したらしいことがばれたことで、Eは大目玉を食らった。これでEも反省するかと思いきや、それでも相変わらず同じことを繰り返す。しばらくすると、また同じことを繰り返した。別の部署の上司Fが作業をしたファイルを見失ってしまったらしい。
さすがにEも観念したのか、浮足立っている。すると思いがけないことをEが言ってきた。「たのむから、これ君がやった事にしてくれない。これがばれたら、たぶんクビだ…」あまりに懇願するので、仕方なくパソコンを開くと何なく修復ができたこともあり、Eに貸を作るつもりでFに事実関係を報告すると、始末書を書け、と命じられてしまった。Eは何食わぬ顔でそっぽを向いている。怒り心頭に達した私は、事実関係をすべて報告し、Eの厳正な処分を求めた。