【人事労務のリスク管理メモ】11月号アップしました

【今回のストーリー】

●注意しただけなのに…

Aはコンビニに勤めて数年になるリーダー格のスタッフで、責任感も強く、他のスタッフからも信頼されていたが、間違ったことが許せない性分のAの言動など、幾分強すぎる正義感はオーナーにとっては厄介に感じることもあった。
例えば店内のお客に対しても、長時間の立ち読みや大声での会話に対して容赦なく注意をするので、いつトラブルになるかひやひやすることもしばしばだった。そんなある日、子ども連れのお客が入店してきた。やんちゃそうな男の子は店内入るや否や走り回り、「ママ、ママ―」と大声ではしゃいでいる。
タブレットでで検品作業中だったAはすかさずその男の子の肩を、手に持っていた入力用のペンでぽんぽんと叩きながら「お店の中では走らないで」と注意をした。
Aはそのまま検品作業を続けていたが、なにやら店内の雰囲気が物々しいので、レジの方を振り向くと、オーナーが渋い顔でこちらを見ながら、手招きをしている。何だろうとAはオフィスに入ると、オーナーは「Aに対してクレームがあった」という。「子どもにペンで肩を叩かれた、と親からクレームがあった。どういうことだ?」と聞かれたAは、状況をそのまま伝えたが、「お客に対して体罰をするとはどういことだ」とその子の親が憤慨していたという。「本部にクレームでも付けられたらどうするつもりだ…」オーナーにそう言われ、Aも深刻になり、言動には注意しなければならない、と肩を落としていた。
その後も普段通りAは業務に従事していたが、数週間たったある日、オーナーから呼び出され、問題の一件についての処分を告げられた。本部とも検討した結果、来月以降のシフトは、当面の間見合わせる方が良い、という結論になったという。
当面の間シフトに入れない、ということは、事実上の出勤停止処分ではないか。きっかけは確かに自分で蒔いた種であり、反省すべき点もあるが、それがなぜ収入まで絶たれるようなことになるのか。納得のできないAは、必死に状況を冷静に把握しようとした。これは正当な処分なのか、私はこれを受け入れなければならないのか…

●相談窓口に慰謝料請求?

コンプライアンスの相談窓口には様々な話が持ち込まれるが、対応に苦慮することもしばしばで、そもそもコンプライアンス相談の担当者には問題の具体的な解決権限はなく、あくまで解決主体の部署に話をつなぎ、平穏な解決に結びつけるコーディネーターの役割を担っているだけだ。
しかし相談者はコンプライアンスの窓口に相談すれば問題が解決すると思っている人も多く、思惑通りに状況が改善しないとその怒りをぶちまける人もいる。窓口担当のBは、こうした日々の不満の受け皿になっていた。
ある日、O支店の上司によるパワハラがある、との申告があった。Cと名乗る申告者は、上司に対して慰謝料を請求したいという。お話は人事に伝えます、とだけ返答したBは、その旨を人事部長のDに伝えた。人事部長のDはBの上司でもある。
話を聞いたDは、そんな要求は論外だと切り捨て、Bの対応も生易しい、と注意されてしまった。慰謝料請求など聞捨てならんと憤慨するDは、自らO支店のパワハラ申告者のCに直接電話をした。
Cが電話に出ると、Dは一方的にまくしたてた。「いきなり慰謝料請求とは何事だ。金、金と騒ぎ立てるなど、卑しいにも程がある。こんなひどクレームは今まで聞いたことが無い…」
Dは言いたいことだけ言いうと電話を切った。その対応が心配なBは、一応事実関係を確認することが必要ではないかと言いかけたところで、Dはその話を遮るように「だから生温いというのだ。Cのような不良社員をのさばらせるようではイカン。ガツンと言ってやれ、ガツンと!」と喝を入られる始末。
すると間もなくCからコンプライアンス窓口に再び電話が入った。Cは泣きながらDの暴言を口汚くののしると、今度はBのコンプライアンス担当としての対応まで非難し始めた。
Cは「私は必死の思いで電話をしたのに、あんなデリカシーのない人事部長なんかにつなぐなんて、あなたの対応は許せない…」と自分の思いをすべて言い終わると、最後にコンプライアンス窓口担当のBに対して謝罪をしろ、慰謝料請求をする、などと言い始めた。
Bは、Dの言うことが正しいのかもしれない、と思いたくなった。

●入社2週間で休職?

Eは語学力の高さを買われて即戦力として採用された新入社員だったが、採用後まもなく、1か月の療養が必要とする医師の診断書を提出して休職を求めてきた。原因は研修期間中のパワハラにあるという。どうやら研修講師Fの言動の中に、Eを馬鹿にするものがあったらしい。
Eが診断書と併せて提出した書面によれば、FはEの語学力にケチをつけた、これは侮辱であって精神的に強い苦痛を感じたとか、FはEがたまたま隣り合わせた同僚にちょっとした私語をしただけで、みんなの前で公然と注意をした、これは屈辱だ、とか、遅刻について馬鹿にされた上に執拗に注意された、これはまさにパワハラだ、などと、書き連ねてある。
人事担当者のGは、一応事実関係をFにも確認する必要があると考え、この書面に書かれた内容について、Fに話を聞いた。
Fは、自分の言葉が足りず誤解を招いたことを謝罪しつつも、次のように弁解した。語学力については、実務上専門用語が多いことから、意味の通らない誤訳が多い前例があることを念頭に、まずは謙虚に業務の内容を理解することから始めてほしいことを告げたことはある、私語の注意は当然の指摘であって、むしろ黙認するのは無責任ではないか、遅刻については、研修初日だったが、一時間以上遅刻してきたため、理由を問うと、初めての場所で道に迷った、スマホで場所を確認しながら来た、などと平然と答えたため、道に迷って一時間の遅刻など前代未聞で、その間連絡一つないとは社会人として失格だ、程度のことは言ったかもしれない、という。
話を聞いていたGは、Fの言動はもっともで、Eが過剰に反応しているのではないかと考え、会社としての判断は、指摘の事実はパワハラとは認められないこと、一カ月間の療養は認めるが試用期間中であり、欠勤扱いとなるなど、事務連絡と併せてEに伝えた。
すると間もなく、Eから、これは労働契約法第五条違反であると指摘した上で、Fの謝罪と慰謝料を求める内容証明郵便が届いた。