懲戒処分の目的は職場秩序の維持にある。ですが…

手段と目的の混同が不満を募らせる

懲戒処分は、就業規則に懲戒処分規程が無ければ懲戒処分をすることができません。と言っても、懲戒処分規程が無い就業規則の方が稀かもしれません。御社の就業規則にも、おそらくは間違いなく懲戒処分規程が含まれていることと思います。

その懲戒処分規程ですが、実際に何らかの懲戒処分が課されたことはあるでしょうか。もしおありでしたら、それがどのような問題で、その問題の確認から具体的な処分に至る対応について、思い起こしていただければと思います。

懲戒処分がトラブルになるのは、処分に納得ができないから

懲戒処分が問題となるのは、これは懲戒処分を受けた従業員が、この処分には納得ができないと感じ、問題解決のための何らかの行動を起こした場合です。つまり、懲戒処分を受け入れられない、という不満の存在です。

懲戒処分は使用者の裁量判断

もちろん懲戒処分は、労働契約法上、客観的合理的理由と社会通念上の相当性という要件が規定されてはいますが、懲戒処分にするかどうかは、使用者の裁量判断です。

懲戒処分の法的要件は労働者の納得とは別問題

このような法的要件を満たしたうえで、懲戒処分をしたとしても、従業員の不満が無くなるとは言えません。懲戒処分の法的要件は、法的に有効と認めてもらうための要件であって、対象となった従業員を納得させるものとイコールではないからです。

懲戒処分をすることが目的になっている

このようなときに、使用者としては、この法的要件を説明し、懲戒処分が有効なもの、妥当なものであることを力説したりするのですが、そのような説明は、実際にも、この懲戒処分は法的に争っても無駄ですよ、と言っているわけですから、懲戒処分の対象となった従業員にとっては、会社側による処分の正当性の説明にしか聞こえません。懲戒処分を課すこと自体が、いつのまにか、その目的になってしまっているのです。

労働者が知りたいのは、懲戒処分の理由

懲戒処分の対象となった従業員が知りたいのは、なぜ懲戒処分をするのか、なぜ自分が懲戒処分を受けなければならないのか、という説明です。

懲戒処分の本来の目的は職場秩序の維持

もちろんそのような説明は、懲戒処分の有効性要件などではありませんので、コンプライアンスを最優先に考える使用者としての立場からは、全く意味が無いもの、と解釈されるものでしょう。ですが、懲戒処分の本来の目的である、職場秩序の維持回復を念頭に置いた場合には、まさに不可欠な説明であるはずです。

懲戒処分は職場秩序維持のための「一つの」ツールに過ぎない

そう考えれば、懲戒処分を実際にするかどうかは、職場秩序の維持回復の実現可能性が、懲戒処分によって高まるのかどうか、で判断すればいいことになります。懲戒処分規程があり、非違行為は懲戒処分になる、というメッセージ、予告のみでも、その目的は達成されることもあり得る、ということです。これが目的志向による懲戒処分という手段の使い方ではないでしょうか。懲戒処分は、あくまでも職場秩序維持のための、一つのツールであるという認識が大切ではないかと思います。

懲戒処分をする以上は、鉄壁の法的根拠を整えておく

蛇足ですが、だからと言って懲戒処分規程が形だけの見せかけに過ぎないようであれば、全く使い物になりません。実際に懲戒処分をした場合に、法的有効性を担保する内容でなければならないことは言うまでもありません。張子の虎では、懲戒処分の対象になることを指摘したところで、単なる脅しにしかならないからです。非違行為の未然防止に実効性のある懲戒処分である必要があるからです。

解雇規定とは位置づけがおのずから異なる

気を付けたいのは、解雇規定との対応、意味合いの違いです。懲戒処分はくどい様ですが、職場秩序の維持が目的であるのに対して、解雇規定は、使用者が適法に労働契約を解除するための規定です。使用者側から一方的に労働契約の解約をせざるを得なくなった場合に、その法的根拠、契約上の根拠とするための規定です。ですので、この規定が適用されるときには、法的トラブルの可能性を現実のものとして想定をしておかなければならないことになります。

解雇規定が必要になるのは、使用者が特定の労働者を職場から排除することを決定し、合意退職に応じるよう、本人に対して退職勧奨をしたが拒否されたため、一方的に契約を解除せざるを得ない、という段階です。本人との間の職場の秩序維持という目的が入り込む余地はどこにもありません。

そのような規定ですから、懲戒処分のように、例えば部下の非違行為を止めさせるために使ってはらない、ということです。不用意に部下に対する牽制を意図して解雇規定を持ち出した場合、いたずらに雇用不安を煽られた、とか、退職勧奨をされた、などと指摘をされかねません。懲戒処分規定とのこのような大きな違いを、十分に確認しておくことが大切ではないでしょうか。

もし懲戒処分に誤りがあった場合は…

懲戒処分の話題に戻ります。

冷静に考えれば、明らかにまずいとわかる対応でも、意外とやってしまうのが、「保身」を前面に押し出してしまうことです。これは意外と多くの方が無意識のうちにしてまっているものです。誤りに気が付いた時には、即座に撤回をすることで、傷口を広げずに済ませることができます。

その前に、誤った懲戒処分を未然に防ぐことを考えておくことが極めて賢明ですので、ここでコメントしておきたいと思います。

その答えは、すでに繰り返しお伝えしていることの繰り返しになります。懲戒処分の目的=職場秩序の維持であることを常に意識にしておくことです。誤った懲戒処分は、この本来の目的を見失うことがその原因です。懲戒処分ありき、懲戒処分を前提に事を進めるために、誤った判断をすることになるのです。

問題は問題として素直に認める姿勢が大切

懲戒処分を課した従業員から、処分内容に不服がある旨の指摘や申入れがあった場合には、その内容があまりにまとはずれなものであったとしても、まずその指摘に耳を傾けることです。

懲戒処分の目的が職場秩序の維持にあるならば、その目的にかなった処分だったのか、対応だったのか、検証する必要があります。そして誤った対応があったのであれば、つまり職場の秩序維持という目的にかなった対応ではなかったのであれば、その事実を素直に認めて、今後に生かさなければなりません。

労働者の気持ちを逆なでする、懲戒処分に反論する労働者憎しの意識

処分に不満があることを公言するなどもってのほか、ケシカラン、などという感情的な対応には、懲戒処分は使用者の権限であって、労働者が反論する余地など無い、という意識がその根底にあるはずです。このような反論者憎しの意識では、懲戒処分の妥当性を検証するという具体的建設的な姿勢を持ちえません。

感情的でタブーな言動

労働者の意識を逆なでするだけで、使用者側が留飲を下ろす以外に意味が無い、トラブルを深刻化させる言動について、以下順次コメントしていきます。

1.一段上の意識

処分に対する不服について、使用者から説明をする場合でも、「本来であればそのような不服についていちいち回答する義務は無いところ、今回は特別に回答をする」という返答は、使用者側の好意で労働者の不満にこたえているように一見すると見えないことも無いのですが、その中身は、反論せずにはいられない使用者側からの労働者への弁解であり、使用者判断の正当性の押し売りになっているのではないか、ということです。

2.保身に走る

処分対応に誤りがあったことが分かった場合には、それをはっきりと認めることが不可欠ですが、もしそれができないとすれば、それは懲戒処分の目的を見失っているからです。処分に誤りは無かったことを、必死になって弁解しようとする姿勢は、あまりに痛々しいものです。

また具体的な問題点の指摘があった場合には、そのすべてについて、懇切丁寧に、理路整然と回答をするべきものです。耳の痛い指摘については、思わず耳をふさぎ目をつむりたくなるものもあるかもしれませんが、きちんと向き合っているという姿勢を見せることこそ、信頼回復に不可欠なものではないでしょうか。

3.開き直り

このときに、使用者側の意向として回答しやすいものだけを取捨選択して、対応は間違っていない、という回答に終始したのであれば、ご都合主義の弁解にしか見えません。対応の誤りを認めることになるような指摘については、あからさまに無視をして回答をしなかったのですから、意図的に誤魔化したことが、あまりに明白だからです。ですので、そうした疑念が無いように、すべての疑問に答えるべきかと思います。

4.無用の捨て台詞

処分対応に誤りがあったことが否定できない場合に、例えば、処分は決定ではなく、打診だった、とか、処分はあなたが考えているようなものではありません、などとあいまいな姿勢に180度転換して、処分自体がなんだったのか、意味不明な回答や説明をしても、処分をされた従業員がが納得するものではありません。処分のごまかしであり、無理筋の弁解だからです。

このように処分を誤魔化す一方で、こうした処分の対象になったことは事実だ、とか、記録に残るものだ、などと、ケシカラン反論者はただでは済まないぞ、というメッセージを残す様なケースも散見されます。

反論をされて、一矢報いておかなければ威厳が保てない、気が済まない、という気持ちなのかもしれませんが、もし万が一そのような気持ち、行動があったときは、自らのあまりに感情的な対応に、一早く気が付くことで、収拾を図らなければなりません。

威厳を保とうとする対応が威厳を失うことになる

上述の通り、威厳とプライドを保とうとする言動こそが、威厳とプライドを失うことになるということを認識しなければなりません。相手はどう思うのか、という視点が失われた時、感情的な自己満足以外の何物でもない言動を、保身のために必死になって繰り出すようなことをするのです。見苦しいと思われるよりも、むしろ気の毒とまで思われるかもしれません。これでは、威厳もプライドもありません。

職場秩序の維持を目的に懲戒処分の踏み切ったものの、それに対して処分を受けた労働者から反論をされたことで、当初の目的が見えなくなってしまい、いつの間にか処分の妥当性を頑なに主張してしまっていた…懲戒処分は問題解決のための一つのツールに過ぎない、という意識を持ち続けることがいかに難しいか、改めて認識させられるものです。