リスク回避を目的にした就業規則変更の考え方

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法改正対応をしなかった場合

就業規則の変更をお考えになるきっかけは、まず法改正への対応が最も多いかと思います。例えば、もし仮に御社の就業規則が長期間にわたって就業規則が手つかずのままであったとした場合、つまり就業規則の変更が法改正に追いついていない場合ということですが、こうした場合について、労働契約法13条、労働基準法13条では、その部分については適用しない、無効であると規定しています。ですので、その法令に反する部分は、この規定から自動的に法令の規定によることになる、ということになります。

法改正対応をしていない就業規則の2つのリスク

それならそんなに法改正対応に神経質になる必要はないじゃないか、とお感じになるかもしれませんが、労働基準法違反の就業規則については、労基法92条で、行政が就業規則の変更命令を出すことできることになっています。それに、トラブルに際して、「杜撰な就業規則である」などと会社側を攻撃する格好の材料を労働者に与えることになりかねません。

それともう一つ、法律によっては就業規則の規定設定や労使協定の締結を条件として、法律上の権利行使に制限を加えることができる法律規定があったりします。ですが、就業規則の変更が間に合わなかった場合には、法律上の原則通りの規定が適用されることになる、という点も重要です。

労働者が就業規則の誤りを指摘する理由

この就業規則には誤りがある、と労働者が主張するのは、主張することで労働者に何らかのメリットがあるからで、トラブルに際して、誤りの指摘自体を目的する場合はともかく、何らかの権利行使に関する規定について、ではないでしょうか。もっとも、年休や育児休業などの、法律上の労働者の権利については、就業規則の規定の有無を問わず、当然に権利行使に応じなければなりません。

法的根拠の無い権利規定は要注意

ですが一方で、法律上の根拠の無い労働者の権利規定、例えば法律で義務付けられていない、あるいは法律規定を超える労働者への便益の付与に関する規定、典型的には、通勤手当などの諸手当や賞与などですが、これらの規定はトラブルのリスクを自ずからはらんでいます。

抽象的な規定文言は誤解を生む

特に規定文言の解釈次第で、主観的な判断が入り込む余地があるような場合です。「私にも支給してください」「なぜ私には支給されないんですか」など、その恩恵を受けたいという要求がいくらでも出てきます。規定文言を改めてご確認いただき、トラブルに発展しかねないようなリスクがないかどうか、ご判断いただければと思います。

規定例やひな形を流用したときの注意点

このような要求に対して、「実はこの就業規則は関連会社のものをひな型として使ったので、すべてがウチに当てはまるものではない」などという理屈は通りません。就業規則は使用者が事実上主体的に作成することができるものであって、その作成プロセスで、労働者の同意を得ることが義務付けられているものではないことを考え併せれば、上記の理屈はあまりにご都合主義ということになります。

就業規則は労働契約の内容になる

就業規則として作成された段階で、これは労働契約の内容になる、つまりその内容については、労使双方が遵守しなければならないものになります。「就業規則に規定がある通り、きちんと賞与を支払ってください」と言われても応じられないという場合、合理的な根拠をもって反論ができる規定がどこかにあるでしょうか。就業規則は、使用者こそ熟知している必要があるのです。

懲戒処分の前に、就業規則の規定を必ず確認する

逆に使用者が就業規則の規定を根拠に、労働者に対して何らかのペナルティーを課すなど、不利益な取り扱いをする場合です。例えば、就業規則に懲戒処分の規定がない場合、労働者に対して懲戒処分をすることができないことがあげられます。もっとも、懲戒処分の規定がない就業規則はまれかと思います。考える必要があるとすれば、その懲戒規程の不備でしょうか。懲戒処分をする場合には、懲戒処分の対象とする事実、処分事由が規定されていなければなりません。逆に言えば、処分事由として規定されていない非違行為については、懲戒処分はできないことになります。

残業や配転の命令権限の根拠規定はあるか?

あるいは、残業や出張、配転なども、就業規則に根拠がない場合には、業務命令として残業を命じることができません。つまり、労働者が自発的に応じない限り、残業も出張も、配転もできない、ということになるのです。

残業命令の根拠規定はいらない!?

「そうはいっても、ウチでは残業を命じるなんて仰々しいことはしなくたって、みんな応じてくれているよ」という状況かもしれません。では使用者が労働者に対して業務命令をする権利を有する規定を、就業規則に設ける必要はないのか…

就業規則には、何をどこまで盛り込むべきか

「そんなに堅苦しいことをあれもこれも就業規則の中に、これでもかと盛り込めば、息苦しくてみんなやる気をなくしてしまうよ…」

皆さんはどうお考えになるでしょうか。そのとおり、とお考えの方にとっては、この先をご覧になる必要が無いことになりますので、ここで私見を少しだけ。

就業規則の作成は「性悪説」で

就業規則に様々な規定を盛り込むこと自体が、業務遂行の制約になるとは思えませんし、これは結論の先取りになりますが、ルールは問題が起きたときのよりどころとなるものであって、そのルールが無ければ、無秩序状態になるのではないでしょうか。みんなが常に常識的な判断で行動をしてくれるという保証はどこにもありません。

就業規則の規定は、当然に履行すべき義務の内容

それに、就業規則に厳格な規定を盛り込めば、士気が下がるのでしょうか。そもそも盛り込むべき厳格な規定は、リスクを想定したものであり、当然にあってはならないこと、当然にまもってもらうべきもの、を規定するものであって、みんなが常に常識的な判断で行動しているのであれば、ことさらにその厳格な規定を強調する必要もなければ、その厳格な規定を発動することなど、全くないはずです。

就業規則は職場秩序を維持継続するためのよりどころ

つまり、厳格な就業規則を整備したうえで、その厳格な規定を持ち出さなくても済むような労務管理をすることが大切ではないかと思います。それでも就業規則に抵触する事態が生じたのであれば、ここで初めて就業規則の活用の余地が出てくる、ということになるかと思います。就業規則は、職場秩序を維持するためのよりどころになるべきもの、ではないでしょうか。

労働者の権利規定には必ず厳格なルールと制約を

例えば、通勤手当は通勤に要した実費を支給する、という規定だけがある場合、これは公共交通機関を利用した場合の交通費、定期代のことだな、と普通は解釈すると思いますし、それで特段の問題が生じていない場合、この規定内容に問題があるとは考えないでしょう。

「自転車代を出してください」…!?

ところが、「私は自転車で通勤しているので、自転車代を支給してください」という従業員がいた場合、どうしますか?「自転車は通勤だけに使っています」「その自転車が通勤途中でパンクしたので修理しました。修理代を支給してください」…これがバイクであったり、あるいは車だったら、どうなるでしょうか。

「それならバス代を出してください」…!?

ここで、通勤手当は公共交通機関の交通費であることを納得してもらったとして、この自転車通勤の従業員が、バス代、電車代相当額を請求してきたら、どう対応しますか?お支払いになりますか?その程度で済むなら…などとお支払いになって、その請求した本人は納得をするのかもしれません。ですが、別の従業員はどう思うでしょうか。それなら、私も自転車で通勤して交通費をもらおうかな、などと考えるのではないでしょうか。

請求したもの勝ち、という状況は適当ではない

あるいは、そんな非常識なことはできない、と考える大多数の常識的な従業員は、そのような対応をしないとしても、会社に対する不公平感を持たない人はいないでしょう。正直者がバカを見る、請求したもの勝ち、という状況は、決して職場環境を健全に保つうえで、とても適当とは考えられません。

非常識な請求に応じた後に起きること

この状況が放置された場合に、次に考えられるのは、この常識的な判断をしなかった従業員に対する仲間外れであり、有形無形の嫌がらせではないでしょうか。しかもそうした嫌がらせに使用者も心情的に賛同してしまっていたとすれば、これは会社による組織的なハラスメントとして非難をされても、反論ができません。「みんなが常識を持って行動してしている中で、一人だけ非常識な対応をしているのだから」という理由でハラスメントが正当化される余地はないからです。

あいまいな規定がトラブルを引き起こす

もしここで「ではなぜその非常識な対応を許容するような労務管理をしているのですか」つまり「そうした状況を許容するような就業規則がそもそもの問題ではないでしょうか」という話になってくれば、これはもうすべて使用者の責任ということになってきます。

二次被害の発生

これで済めばまだいい方で、この非常識な従業員が、こうしたハラスメントによってメンタル疾患に罹患してしまった、離職を余儀なくされた、などということになれば、間違いなく法的な紛争になることは目に見えています。使用者にとってまさに青天の霹靂、いったい私が何をしたというのだ、と経営者の方は嘆かれます。あの問題社員さえいなければ…ですが、果たしてそうでしょうか。通勤手当に関する規定が厳格であれば、そもそもこのような事態には至っていなかったのではないでしょうか。

通勤手当に関する規定の内容があいまいであったという、たったこれだけために、職場秩序が崩壊し、法的紛争に発展してしてしまう、という事例です。

離職関連規程は、法的紛争を想定したものである必要がある

離職に関するトラブルは、法的な紛争に発展する可能性を常にはらんでいることを認識しておかなければなりません。そのため、離職に直接間接に関わる規定については、慎重かつ詳細な設定が必要、ということになります。つまり、その対応については就業規則の規定に沿って、所定の手続きを踏んだうえで進めたものである、という主張ができるような規定にしておく、ということです。

トラブルの具体的な状況に対応できる規定になっているか?

ここでお考えいただかなければならないことは、離職に係る具体的なトラブルの状況です。それをどこまで網羅するかは、まさに状況判断ではありますが、大切なことは、可能性のあるトラブルを具体的に想定し、その状況に簡潔に対応ができる規定を用意しておくことです。

就業規則の作成は、「目的」ではなく「手段」

就業規則の作成自体が目的なのではなく、就業規則の各規定を、どのように使うのか、という視点が必要で、まさに問題解決を図る際の道具、ツールではないかと思います。例えば、ある従業員の行為が、就業規則の懲戒処分規程の中にある懲戒事由のいずれかに該当した場合に、即この規定の適用をするのではなく、状況に応じて、まずは注意指導とか、懲戒事由に該当する可能性についての指摘などをすることによって、再発防止を図る、ということが考えられます。

懲戒処分規程は職場秩序の維持が目的

ということは、懲戒処分規程は、もちろん懲戒処分の有効要件を満たすための内容であることは当然に必要であるものの、懲戒処分をすることだけがその目的ではない、ということです。就業規則の意義は、職場秩序の維持にある訳ですから、やみくもに処分をすればいいわけでありませんし、使用者としての従業員に対する権利行使をことさらに意識をするべきものでもないでしょう。

懲戒処分は毅然と、粛々と実行する

一方で、懲戒処分を実行するべき状況と判断される場合には、毅然と、粛々と実行すべきものと考えられます。懲戒処分をすべき状況でも懲戒処分をしないという前例が確立すれば、懲戒処分規程の形骸化、あっても無くても同じ、ということになってしまいます。

懲戒処分をすることが目的ではない

あくまでも職場秩序を乱すような事態が発生した、あるいはそうした事態が想起される場合に、将来の再発防止、そうした事態を未然に防ぐために、就業規則の規定内容を活用することになるのですが、それをどう活用するのか、これは状況判断の問題であり、人事担当者の裁量判断であり、センスが試させるところではないでしょうか。その際に必要な視点は、懲戒処分規程を活用する目的、何のために懲戒処分規程を持ち出すのか、そのゴールを明確に意識することではないかと思います。懲戒処分のための懲戒処分であってはならないからです。