【人事労務のリスク管理メモ】バックナンバーをアップしました

●やりたい放題のベテランパート

Kさんは今のR会社に入社してから五年目の中堅社員で、当初は経理を担当していたが、仕事に対する積極的な姿勢を買われて、今年からは総務などの人事的な仕事も担当するようになった。
そこでKさんは、これまでも常々気になっていたパートスタッフの労務管理の問題について、上司らに相談することにした。パートスタッフの問題については、社員の中で、これまでも繰り返し問題視されてきた。R社の社員構成は、正社員十数名に対して、パートが二十名を超えている。特に製造ラインの主力はパートで、しかもその大半が勤続年数が十年を超えたベテランぞろいだ。中には勤続二十年以上のベテランもおり、正社員よりも会社の事情をはるかによく知っている。
そんな中で正社員が現場に加わっても、作業を逆にベテランのパートから教えてもらうようなことがしばしばであり、正社員はパートに全く頭が上がらない。現場はまさにパートの独壇場になっている。
こうした中でパートの労務管理が繰り返し問題になってきたのは、パートが正社員からの指示に従わず、独自の判断で現場の作業に従事しているという実態が、年々エスカレートしてきたためであった。
例えば、納期の問題から残業の必要性があると勝手に判断し、正社員が所定の時間に退社するよう指示しても、「あんたたちには任せられない」などと、指示を無視して時間外労働をすることなどは日常茶飯事で、休憩時間外での喫煙や、勝手な外出なども言うに及ばずである。
また、問題はこうした作業遂行上のものだけでなく、パートが派閥を作り、いじめ嫌がらせが横行していた。新規に採用したパートはほとんど定着せず、新入社員へのいじめ嫌がらせによって、正社員も短期間で離職することが多かった。

●放任・黙認を良しとする経営者

仕事に対してある意味で責任感のある姿勢については、百歩譲って認めるとしても、勝手な外出や、いじめ嫌がらせによって自分たちの気に入らないスタッフを排除することは、会社に対して多大な損害を与えていることにほかならない。まずここを何とかしなければならないと考えたKさんは、パートからの嫌がらせを無くす方法を検討することを提案した。
社員の中でも、パート社員の身勝手な行動は問題視されていて、やはり何とかしなければならないと考えていた。正規社員とパートの責任の重さは異なるし、きちんとけじめをつけるべきだ、というものが社員の総意として、経営者に何らかの注意指導を求めたが、それに対する経営者の姿勢は、とても消極的なものだった。それは、できるだけ波風を立てずに、これからもベテランのパートを活用したいという意向に変わりはないらしい。
パートの勝手な行動に対しても、確かにそれは問題かもしれないが、うまくやってほしい、という一言だけだった。
つまり経営者としては、ベテランのパートが居なければ、スムーズにラインが回らないのだから、大目に見てほしいということらしい。こうした経営者のパートに対する放任・黙認の姿勢は、今に始まったことではない。社員は半ばあきらめの気持ちだったが、Kさんだけは、経営者の気持ちが変わらないのならば、今まで以上に何とかしなければ、という気持ちが募っていった。

●誰かが猫の首に鈴をつけなければ…

意を決したKさんは、自らパートへの牽制役をかって出ることにした。それは、Kさんは現場ラインに直接かかわらないため、仕事上の接点が少ないことから、多少ぎくしゃくした関係になっても業務上の支障は少ないこと、そして何よりも、Kさんは総務という労務管理的な要素を含む業務内容を担当していたことから、これは私の仕事だという気持ちが強かったことが大きい。
その気持ちを経営者に伝えると、「私の代わりによろしく頼むよ」などと、暗にその役割を期待するようなことを言われ、Kさんは意を強くした。経営者も現状を必ずしも良しとは考えてはいない。一方で、使い勝手のいい安価な労働力であるパートをうまく使っていきたい、という現実的な意向も当然ながらある。
翌日から、パートの勝手な行動に対して、Kさんは積極的に注意を始めた。当然の反応だが、パートは一斉に不快感を表し、反発した。中には、素直に耳を貸すパートもいるが、リーダー格のベテランパート数名を中心にするグループは猛然と対抗する姿勢を見せた。
製造ラインはパートが仕切っているという思いが強い。これまでもパートが責任をもって(?)対応してきた現場に、素人が何を口出しするのか、黙っていろ、と言わんばかりであった。
それに対してKさんは、就業規則などの根拠規定を公然と掲げてパートの言動を注意するので、その居丈高な姿勢に、ベテランパートなどはKさんを押し倒さんばかりにねめつけていた。

●エスカレートするパートの横暴

Kさんとパートとの関係は一気に険悪化した。特にパートのリーダー格的なOさんは、Kさんに対する嫌悪感情をむき出しにして、冷静さを失った現場では、仕事にも悪影響が出ていた。そのため現場の社員からは、Kさんに対して、パートとの関係を何とかしてほしいと懇願される始末だった。
しかしKさんとしてみれば、何か悪いことをしているわけではなく、むしろ逆にパートの勝手な言動という問題点を解消するために一人で悪者になっているのに、同じ社員から、協力されるのであればともかく、なぜ非難されなければならないのか、理解ができなかった。経営者に相談しても、うまくやってくれ、の一言だけで、なんの対応もしてくれない。
正義感の強いKさんは、それでもやはり、パートに対する注意を止めることはしなかった。経営者も私を後押ししてくれている、という気持ちも、Kさんの意思を強くした。
そんな中、パートのリーダ格のOさんら数名が経営者に対して、Kさんの解雇を求めた。これまでパートの言動に対して、半ば公然と認められ、何ら問題とすらされていなかったことが、なぜ今になって注意されなければならないのか、説明してほしい、と迫った。そして、Kさんを解雇しないなら、パートは全員辞める、とまで言い出した。

●追い込まれるKさん

パートが全員辞めるというのは、真意ではないことを喝破していた経営者は、相変わらず、まぁまぁ、という感じてその場を収めた。言いたいことを言わせて、ガス抜きをさせれば十分だと思っていたからだ。
その一方で、Kさんに対しては、しばらくパートに対しては、問題の言動に対しても注意などをしないよう強く命じた。Kさんは屈辱的な気持ちでいっぱいだった。それからというもの、パートだけではなく、同僚社員からも白眼視され、身の置き所が無かった。
パートからはKさんを誹謗中傷するようなメールを一斉に配信されるなど、陰湿ないじめが続き、Kさんは心神に支障をきたしてしまった。通常の業務にも支障が出るようになり、欠勤が増えてきたため、ついには休職することになってしまった。
製造ラインの現場は、従来通りベテランパートが大手を振って仕事を仕切り、その様子は以前にもましてエスカレートしているように見えた。現場でのリーダーシップに半ばお墨付きを与えられた格好になり、これまで以上にやりたい放題のパートスタッフに対して、社員はますます頭が上がらなくなった。
こうした状況に対しても、経営者は、放任・黙認を決め込んでいるのであった。これでいいのだろうか。

※人事労務のリスク管理メモ2015年12月号からストーリー部分のみを掲載しました。