特定のある社員に離職して欲しい、とお思いになる経緯については、様々な状況が背景としてあるとしても、それを実際に実効性のある形でその社員に働きかける、つまり、退職勧奨を意図した働きかけをするかどうかは、その離職して欲しいという意向がどの程度強いものか、によるでしょう。

いますぐ辞めて欲しい理由と原因を考える

とにかくすぐにでも辞めて欲しい、とお思いになっているとすれば、まず、なぜそう思うのか、その理由、要因、そのようにお考えになるに至った背景を、客観的な事実の記憶をたどりながら、改めて振り返ることが重要ではないかと思います。

何ら注意指導等をしてこなかった場合はトラブルになる可能性大

おそらくはその社員の言動に様々な問題があったことが考えられますが、その言動について、これまでどのような注意指導をされてきたのか、この点は極めて重要なところです。すでに何らかの懲戒処分を課している、書面で注意指導をした、口頭で注意をした、など、様々な対応の経緯があろうかと思います。ここでもし、何ら注意指導をしていないとすれば、もしこの段階で退職勧奨をしたとすれば、その社員本人にとっては、まさに寝耳に水、青天の霹靂であり、状況を全く理解できないだけではなく、そのままトラブルになる可能性すらあるかと思います。

既に予告済みである場合でも、退職勧奨をどう受け止めるかを予測する

何らかの注意指導がなされ、同時に、再発の場合のペナルティーについても予告をしていた場合には、全く何も予告が無かった場合と比較すれば、退職勧奨その他の処分等に対するその社員のショックの程度は相対的に小さくなるとは考えられるとは言うものの、注意指導の程度や回数、その際に告示した再発の場合のペナルティーの予告の内容や、そもそもその社員本人が自分の言動の問題をどの程度正確に理解をしているのか、によっても、その社員本人がどう考えるかは、大きく異なってきます。この点については、その社員がどのようなキャラクターなのかについても把握をしておくことで、影響の大きさを推測することが可能になってきます。

なぜこのような問題の社員の反応を考えるのかといえば、それは、次に発する処分やペナルティーをどう受け止めるのかを推測することで、使用者としての次の人事判断を考えることができるからです。

コンプライアンスさえ確保できていれば問題はないのか

そのような回りくどいことをちまちまと考えるよりは、注意指導から懲戒処分、さらに教育指導を重ね、能力評価という事実を積み上げ、最終的に使用者としてするべきことをしても改善が見込めないというエビデンスを整えたうえで、粛々と退職勧奨、解雇という流れにのせる、というコンプライアンスを確保していれば、それ以上に何をする必要があるのか、といぶかる向きもあるかもしれません。

コンプライアンスは法的紛争時のリスクマネジメント

コンプライアンスは会社を守る砦であり、その確保は様々な対応をする場合の大前提になりますが、ここでお考えいただかなければならないことは、コンプライアンスは法的リスクの回避であり、法的リスクの軽減を図るものであるということです。つまり、法的な問題解決のステージで、会社側の正当性を主張するための根拠になるものである、ということです。ということは、法的トラブルに至った場合に、会社側の正当性を主張する材料なのです。そうした意味で、コンプライアンスは会社を守る砦、と言えるわけです。あれっ、とお気づきになったかもしれませんが、コンプライアンスは、法的トラブルに至った時に会社を守る防衛戦力であって、トラブルそのものを回避するためのものではありません。防衛戦力を高めることで、これを実際のトラブルに至らせないための抑止力として、どう活用するか、これが防衛戦力としてのコンプライアンスの社内的な問題解決のための使い方ということになるかと思います。

 

ですので、そもそも労使の自発的な話し合いによる合意という社内的な解決を念頭に置かないのであれば、コンプライアンスさえ徹底していれば問題はない、ということにはなるかと思います。これは経営判断であり、人事判断ではあります。これは良いか悪いかの問題ではなく、状況判断の問題です。話し合いで事態が打開できるような問題ばかりではないからです。

コンプライアンスの確保が難しい場合

現状でもし法的解決のステージに進んでしまった場合に、会社側の主張、根拠に不足がある不安があるときに、ついついしてしまいがちな対応は、無理に根拠を積み上げようとする、無理なコンプライアンスの確保に走ってしまうことです。もちろん、その場合のリスクも想定したうえで、ということであれば、それも経営判断と言ってしまえばそれまでではありますが、その場合に重要なことは、慎重にそのリスクの程度を見極めることです。

退職勧奨は、拒否をされれば解雇するほかない

そのときに、やはりリスクに耐えられないと判断される場合には、退職勧奨によって事態の打開を図るほかないことにはなります。ですが、退職勧奨にもリスクはあります。それは、退職勧奨に対して、退職の意思はない、と明確に意思表示があった場合です。それ以上の退職勧奨は、一般論として、することができないからです。それでも離職してもらわなければならないとすれば、解雇しか選択肢がありません。法的なトラブルは避けられない、と考えなければなりません。

自発的な離職を促す働きかけは高リスクであることを自覚する

そのように考えれば、退職勧奨すらできない状況かも知れません。そうであれば、ここで残された選択肢は、退職勧奨をせずに離職をさせる方法、つまり本人が自発的に離職するほかないことになります。では、自発的にどう離職をさせることができるか、を考える流れになってきますが、本人に離職する意思がないところで、自発的に離職をすることなど、ありえません。ここから先に無理に踏み込もうとすれば、間違いなく会社によるハラスメントという領域に入り込むことになります。

離職を目標にするから、解決プロセスが硬直化するし、無理をする

コンプライアンスの確保が難しい場合には、まずは退職勧奨をしたうえで、それを拒否された場合には、解雇トラブルへの対応プロセスの中で、離職を前提の金銭解決交渉に入らざるをえないという結論になるのではないでしょうか。ですが、このように結論を硬直化させてしまうのは、当初の前提である問題の社員の離職に固執していることが、その原因です。この結論から解放されるためには、離職という方向性を見直すことで、新しい展開が見えてきます。

離職に固執しない事態打開の方向性

辞めて欲しい社員を、離職させずに問題を解決できるのか、という疑問はもっともですが、このコラム冒頭で、なぜ辞めて欲しいと思うのか、その理由、原因を客観的にお考えになる必要があると書きましたが、事態打開のカギはここにあります。

辞めて欲しい理由は何だったのか

辞めて欲しい理由、原因がなくなれば、辞める必要はない、ということにはならないでしょうか。その理由、原因が、その社員本人にあるのであれば、その本人にその原因を除くようお求めになることが、極めて理にかなった対応ということになります。辞めてもらうのではなく、仕事を続けてもらうことを前提に、そのための改善を求める、というものです。改善が図れれば、仕事を続けてもらうことに何らやぶさかではないのではないでしょうか。一方で、おそらくはその原因となる事実は、あなたが辞めて欲しいとまでお考えになるような事実であることを考えれば、本人にとってその改善はかなりハードルが高いものであることが考えられますから、その改善ができない可能性も高いということになるかと思います。その現実に直面した時に、その社員本人がどう考えるのか、これは本人が判断するものということになりますが、会社としては、あくまでも改善をしてもらって、これからも仕事を続けてもらうことを前提にすることを前面に押し出した対応をする、ということです。

雇用の継続を前提にする条件交渉にする

誤解があってはいけませんので、改めて強調しておきますが、辞めてもらう、のではなく、仕事を続けてもらうことを前提にする、ということになります。改善すべき課題は、仕事を続けてもらうためのハードルであって、間違っても、意図的に達成できないできない課題を与えて、未達成という結論を導き出し、これを根拠に退職を迫る、リストラの隠れ蓑として悪用されるPIP(業務改善計画)とは、全くの別物です。

人材不足の昨今、社会的にも合理性がある

解雇の法的妥当性を主張できる事実を積み上げるのではなく、雇用の継続をするために必要な課題を与える、といういわば方向性を180度転換する、ということです。こうした方向性は、マンパワー不足の昨今にあって、社会的にも理にかなった対応と受け止められるものではないでしょうか。

ただし、本人に問題がある場合に限られる

ただし、この方向性をとることができるのは、本人に問題がある場合に限られる、ということです。改善のための具体的な課題は、本人も当然に理解し、納得ができるものであるべきです。繰り返しになりますが、改善のための課題は、具体的な事実に基づく具体性のあるものなければならないということです。それは、そうした改善要求に対して、会社によるハラスメントだ、とか、業務命令権限の濫用だ、などと指摘されないようにするために必要だからです。

【参照コラム】退職勧奨トラブルの回避には何が必要か

問題解決のための方法はまさにケースバイケースです。具体的な対応についてはこちらからご相談ください(「労務管理・トラブル対応の相談受付窓口」のページへのリンク)。