労働時間については、これはまさに労働基準法上の問題でもあり、未払い残業代のリスクをどう回避するか、という具体的かつ、常に切実な問題ではあります。ここでは、労働基準法上許容されている労働時間制度の選択運用という応用問題を解く前に、そもそも労働時間をどう補足するか、という基本的な実務上の問題を考えてみたいと思います。
労働時間をどう把握するか
自己申告制については、その自己申告について、労働者に何らかの制約を加えるものではあってはならない、つまり従業員の自由意思を反映させることという大前提の下で、望ましいものではないという断り書きを付したうえで許容されているものですが、実は労働時間を補足するうえでは、極めて重要な資料となるいわゆる「業務日報」と言った資料は、自己申告制を採用するかどうかを問わず、整えておくべきものと考えます。それは、労働時間は、労働した時間であって、必ずしも事業場に着いた時から、事業場を出るまでの時間ではないからです。そうした意味では、タイムカードの打刻時刻は、労働時間を厳密に補足するものではない、ということになります。
労働時間は1分単位で計算する、という意味
労働時間は1分単位で計算する必要がある、という考え方の根拠は、賃金全額払いの原則であり、労働時間を切り捨ててはいけない、という考え方がその根底にある訳ですが、ここで誤解があるのは、タイムカードの時間、例えば10分単位、あるいは15分や30分単位で、切り捨ててはいけない、と考え、未払い残業代があるなどと考えてしまう、よくある問題です。
もう一度、お考えいただきたいのですが、労働時間の切り捨ては認められないことはその通りです。それが、なぜタイムカードの打刻時間の端数切り捨ての問題に繋がってしまうのか…。ここにあるのは、労働時間イコールタイムカードの打刻時間、という暗黙の前提です。この点について、ややもすると無批判にその通りと考えてしまいがちですが、本当にそうなのでしょうか。
労働基準法上は、労働時間の切り捨てはダメだ、と言っているのであって、タイムカードの打刻時刻について、切り捨ててはならない、などといっているのではない、ということです。なにがいいたいのか、というと、上記とも重複しますが、タイムカードの打刻時間は、労働時間とイコールではない、ということです。
タイムカードの打刻時間は、労働時間とイコールではない
例えば、所定労働時間が9時から17時の従業員が、朝8時54分に出社してタイムカードを打刻し、17時14分に打刻して退社した、とします。労働時間は8時54分から、17時14分でしょうか。この答えは、イエスの可能性もありますが、ノーの可能性もあります。タイムカードの打刻時間は、あくまでもタイムカードを打刻した時間であって、その時間内は、全て労働時間かどうかは、タイムカードの打刻時間からだけでは、判断することはできません。もちろん労働時間であったかもしれないという推測はすることは可能ですが、あくまでこれは推測です。
労働基準法では、様々な規定がありますが、その判断については、形式ではなく、実態によります。ですから、実態はどうなのか、こうした視点が重要になります。
上記の例で、例えば、残業については原則として上長の指示よること、事前の指示が得られない場合には、事後的に許可を得ること、といった規定が就業規則にあった場合、残業については、指示あるいは許可がなければならないことになりますから、上記の例でいえば、そうした指示あるいは許可が無ければ、9時からの5時の所定労働時間が労働時間として推定される、ということになるかと思います。
労働時間の把握とは、労働時間の推定に他ならない
一方で従業員から、17時10分までは、その日の業務日報を書いていたから、10分の残業がある、という主張があった場合、上記の指示あるいは許可がなければ残業としては認められないとは言うものの、業務日報は確かに当日の記載があり、しかも17時から17時10分までは業務日報の作成、と記録があったとすれば、これは実態として10分の残業があった可能性が高いことがうかがわれることにはなるかと思います。
このとき、例えば使用者が、残業は上長の指示又は許可が前提なのだから、これは従業員が勝手に行ったものであって、残業としては認められない、と主張したとします。この主張が許容されるものかどうかは、そもそも労働基準法は、形式ではなく、実態で判断するという大原則に基づけば、17時を10分超えて日報を書くという残業を行ったという事実に、客観的な反論ができなければ、これが業務命令違反であったとしても、事実として認めざるを得ないでしょう。
業務命令に反する残業でも、残業は残業
業務命令違反なのに、なぜ残業として認められてしまうのか、については、繰り返しになりますが、残業が事実である以上、それが業務命令違反かどうかにかかわらず、これは労働時間かどうかの問題であり、労働時間が何時間なのかについての実態判断である、ということです。
業務命令違反は重大な懲戒事由
ですが、そんなことが認められるのであれば、業務命令に反する残業が、無条件に残業として認められることになる、という懸念はもっともです。そのような上長の目を盗んで勝手に残業をするような従業員に対しては、懲戒処分で対応する、あるいは人事考課を通じて、賞与や賃金に反映させる、ということになります。もっともその前に、業務命令違反の残業を、実際にさせないための対応が必要でしょう。
さらに上記の例の続きですが、この従業員から、8時57分からの3分間は、自席のデスクの書類の整理をして、9時からの始業に備えていた、という主張があったとすれば、あるいはその点について業務日報に記載があるなどの場合、3分間の早出残業、つまりこの日は始業時間が3分間前倒しになった、ということになるかと思います。このとき、この3分の業務について、上長の指示あるいは許可がない場合に、どう考えるのか、という問題もありますが、これも同様に考えることができます。
厳密な労働時間の把握など、そもそも不可能!?
さらに、休憩時間は1時間であるところ、この日は55分しか取れなかった、など、こうした問題に細かく対応しようとすれば、まさに際限がないことになります。すると上司から、「今日は離席する時間が多くなかったか」などと指摘されたその本人は、「実はおなかの具合が悪くて、トイレに行った回数や時間も長かったかもしれません」などという事実が判明するかもしれません。それじゃ、その長時間のトイレの時間は、事実上の休憩だろう、これじゃ、残業なんて帳消しだな、などと上司が言えは、逆に部下から、上司の喫煙時間はどうなんですか、などと反論されるかもしれません。これは、もうキリがないことになります。残業時間中の休憩をどう確認するかという問題もあります。このように、労働時間の厳密な把握など、個人的には土台無理な話、と思います。どこかで線を引くほかないわけです。トイレ休憩、喫煙時間は、休憩とはみなさない対応をしたりするわけです。
しかも、こうした細々としたことについて、これが1カ月後、半年、1年後、などにまとめて確認することになった場合には、もうお手上げです。ではどうするか、というと、残された資料から、実態としての労働時間を推測するほかないことになります。そして、結局はタイムカード、ということになってしまうのです。
いささか極端な例を挙げてしまいましたが、この実態としての労働時間を、効率的効果的に把握するためには、イレギュラーな対応を排除することが重要になってきます。残業を一切しないこととすれば、これが最も単純明快ですが、それに加えて、上記の例でいえば、始業前に机の整理や、日報の作成は、全て所定労働時間内で行うことを徹底しておく必要もあるでしょう。
端数切捨ての問題
冒頭にも書きましたが、労働時間の切り捨ては認められない訳ですから、仮に残業時間が55分だったとしたら、55分として残業代を計算しなければならないことになります。これを10分単位として50分にする、ということは認められません。もし10分単位とするのであれば、60分にするほかないことになります。
ここでお考えいただきたいのは、すでになされた労働に対して、実際の労働時間を10分単位にするなどで、切り捨てることとなる時間が生じることは認められませんが、あらかじめ実際に行う労働時間を10分単位にすることは、何ら問題がありません。つまり、残業をするのは10分単位にする、実際の労働時間そのものを10分単位にする、ということです。あるいは特定の時間までとすることもできるでしょう。
タイムカードは労働時間を推定する資料
そして、タイムカードです。タイムカードの打刻時間が労働時間になることは、半ば当たり前の認識になっているかもしれませんが、それはとりもなおさず、タイムカードの打刻時間が労働時間とイコールであると推定して、労働時間を計算している、ということです。なぜそれでいいのか、と言えば、タイムカード以外に、労働時間を客観的に把握するデータがないから、だからタイムカードの打刻時間を労働時間と推定するほかない、ということなのです。
そうした意味では、実際に、タイムカードの打刻時間と労働時間が正確に一致するとは言えないし、むしろ実態は一致していないと言ったほうが正解ではないでしょうか。ですが、正確に一致はしないけれど、それを労働時間として認識するほかないからそうする、というものになる訳です。原則的な労働時間とは別に、なぜ変形労働時間制、裁量労働制が労働基準法上で規定されているのか、こうした背景を考えますと、より納得ができるのではないでしょうか。
労働時間は「把握するもの」ではなく「管理するべきもの」
以上の問題点などを考えてきますと、労働時間は「把握するもの」ではなく「管理するべきもの」であるということがはっきりと見えてきます。今後は、様々なツールや技術によって、労働時間の確認方法が多様化すると思いますが、各事業場によって、大いに工夫の余地があるところではないでしょうか。
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